琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

WEB上の「さまよう悪意」

毒吐き注意。(by 「31才オンナの本音(4/2)」)
↑の文章を読んで、僕はなんだかいたたまれない気持ちになってしまいました。「インターネットでは、見ず知らずの今まで接点が無かったような人たちとも繋がることができる」というのが、日本でインターネットが爆発的に普及していった時期のスローガンだったのですよね。でも、今になって考えると、「今まで接点が無かった人」との「繋がり」は、必ずしもメリットばかりをもたらすわけではありません。僕の実体験からは、むしろ、マイナス面の方が大きいのではないかと思うくらいです。
基本的に、こうやってネット上に「日記」や「ブログ」を(「会員制、とかではなく)公開している以上、「誰に読まれても文句は言えない」と僕は考えています。もちろんそれは、「誰にどんなことを言われても文句は言えない」と同義ではありません。僕はときどき言及してくれたところに言い返したりしますし、リンク無しでもあからさまに自分のことが誹謗中傷されていると感じたときには、こちらからあえて言及したりもします。ただ、それが「うまいやりかた」かと言われるとそんなことはなくて、基本的には「スルーする」のがいちばん利口だなんてことは百も承知なんですよね。どうしてもそういうくだらないことをやらないとおさまらないような心を抱えているから「やるしかない」だけで。「読んだら負けなんですよ」という眞鍋かをりさんの言葉は、まさに至言だと思います。

 しかしながら、WEB上に文章を公開していると、本当に理解不能の「悪意」をぶつけられてしまうことってあるんですよね。上でリンクさせていただいた日記では、ある人の日記を「エンピツ」という日記システムの「My登録」という「お気に入り」に入れて、ただ読んでいただけにもかかわらず、

ただ読んでただけなのにその人に思いっきり嫌われて、日記でかなり攻撃的な事を書かれた。底辺の人間を見て笑いたいのか、とか、そんなに自分を見下して娯楽にしたいんだったら金払え、だとか。

 というような「言われもない攻撃」を受けています(もっと酷いことも書かれているようなのですが、それはリンク先を御参照ください)。
 もうかなり昔の話なので書きますが、そういえば僕のところにも「医者って最低、信じられない!」という「医者に遊ばれて捨てられた女性」からのメールが来たことがあります。でもさ、そんなこと僕に言われても困っちゃうわけですよ。僕があなたを酷い目にあわせたわけじゃないし、「医者だから」悪いというよりは、その男の個人的な問題、あるいはそんな男を選んだあなたの問題なのではないかと。でもね、この手の「悪意」って、けっこうやって来るんですよ本当に。医療ミスがテレビで大きく報道されたときにもよく来ます。

 それって、相手、間違えてない?
 それ以前に、あなたが誰かを責めるべきことなの?

 でもね、宮部みゆきさんの『名もなき毒』じゃないけれども、そういう「八つ当たり的な悪意」というのは、確実に存在するのですよ。誰かがビル上から石を落とせば、顔も見たことが無い通行人が死ぬ可能性は十分にあるのです。極端な話、ポル=ポト派みたいに「知識人は皆殺しだ!」みたいな人だっているのですよ。知識人って、田舎の大学をなんとか卒業して、こうしてネットの片隅で毎日愚痴ってるだけのオッサンのどこが「知識人」なんだよ、とボヤいていても、相手の目にはもう、僕の顔とこのブログしか映っていないのです。そして、そういう人の大部分には、「言葉が通じない」。
 誰かが単にむしゃくしゃして乱射しただけのマシンガンの弾にだって、当たれば人は死ぬのです。
 そして、誰かが死んだあとで彼らは言うんだよなあ、「殺すつもりはなかった」って。

 WEBに日記や文章を公開するというのは、本当に怖いことなのです。「繋がれなかった人と繋がれる可能性」がある一方で、「繋がらないほうがいい人と繋がってしまう危険性」もあります。「話せばわかる人」としか接点が無かった人にとって、「話しても聞く耳すら持ってくれない人」「自分の解釈でしか生きられない人」とまで直接繋がらなくてはならないというのは悲劇なのかもしれません。
 こういうのって、「売り言葉に買い言葉」で罵り合っていくうちに、遺恨というのはどんどんエスカレートしていく一方なので、「先に黙ってしまったほうが勝ち」なんでしょうけど、実際にヒートアップしてしまうと、なかなかね……

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