琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

御緩漫玉日記(3) ☆☆☆☆

御緩漫玉日記 3巻 (Beam comix)

御緩漫玉日記 3巻 (Beam comix)

参考リンク:『御緩漫玉日記』3巻(by ラブラブドキュンパックリコ(4/8))(今回見つけた、非常に興味深かった感想)

 2回も発売延期になってしまい、『漫玉』が出ないで『コミックビーム』は年度末を乗り切れるのか?と僕も心配していたのですが、なんとか無事発売されました。しかし、この巻は凄い、凄すぎます。僕はビームでリアルタイムで読んでいたわけではないのですが、読み始めて最初に思ったことは、「あれ、ひょっとしてこれ4巻?」あるいは、「2巻ちゃんと読んだよな?」ということだったんですよね。いや、『御緩』はこれまでもけっこう話があっちこっちに飛んでいたとはいえ、(2)と(3)の間の断絶は深いです。そして、この(3)は、読んでいて本当に息詰まる展開。というか、読んでいて、「まだこれ以上玉吉さんに書かせるつもりなの?もうヤバイよこの状態……」という気持ちに読んでいる僕のほうがなってきたんですよ。「読んじゃいられないよ……」と思いつつも、目を塞いだ指の間から覗き込むようにして、結局最後まで読んでしまいましたけど。でも、今までの玉吉作品のなかでも、この落ちかたはもっとも酷いのではなかろうか。この本の装丁や本編以外の部分にも、今までの『漫玉』のような「遊び」の部分が全然ないし。たぶん、ビームの経営上の問題などもあって「3巻が出せるまでなんとか頑張って描いてから、休載」という判断になったのでしょうけどねえ……これは「作品」としてはキツイよなあ……ヌードモデルの女の人の休憩時間の絵は、なんだかやたらとエロくて、「桜玉吉おそるべし」と再認識してしまったけれども、ほんと、この巻は読んでてツライところが多すぎます。

 僕はあまり熱心な漫画の読み手ではないのですけど、玉吉さんは『ファミコン通信』の『しあわせのかたち』の時代からずっと大好きで、「諸事情のため描けません」と伏せ字を連発している障子の陰に隠れたラスボスと戦う『ドラゴンクエスト2』とか、「『べるのむらまきこ』って、さすがに強引なネーミングすぎないか?」を苦笑しながら読んだ『オホーツクに消ゆ』とかもリアルタイムで読みましたし、その後なぜか『しあわせのかたち』が釣り漫画や日常日記になってからも、ずっと読み続けていたのです。そういえば、漫画が持ち込み禁止だった寮の部屋に僕が隠していた数少ない漫画のひとつが、『しあわせのかたち』だったんだよなあ(あと、連載が始まって間もない『BASTARD!!』も持ち込んでいたのだけれども、その僕が高校時代大好きだった数少ない漫画家2人が、いずれも「もう描けねえ!」と殴り書きの文字でページを埋めて商業誌に大穴をぶち空けた人だとは)。

 以後も『漫玉日記』シリーズから『なげやり』までフォローしていたのですが、最近の僕の玉吉さんへのスタンスは、「桜玉吉の人生ウォッチャー」なんですよね結局。正直、この『御緩漫玉日記(3)』は、人に薦められるような作品ではないと思います。桜玉吉未経験で読んでみたいという方は、『幽玄漫玉日記』あたりから始められたほうが良いです。この『御緩漫玉日記』は、なんとなく、これまで桜玉吉を支持してきた人々への踏み絵みたいな気分にすらなってくるんですよね。「もし玉吉さんが漫画家としてこんなに(っていうほどじゃないかもしれないけど)売れなかったら、玉吉さんはこんなふうに深いところに落ちなくても済んだのではないか?」とか、考えてみたり。もし『しあわせのかたち』がヒットしなかったら、そりゃあ、実入りもそんなに良くはなかったかもしれないけれども、普通のイラストレーターとして、それなりに人生において「しあわせのかたち」を実感できたのかもしれないな、とか。「くまぇり」じゃないけどさ、玉吉さんは、読者を過剰に意識しすぎてしまって自分で自分を躍らせてしまっているのではないかな、とか。
http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20060203#p2
↑は『御緩漫玉日記(2)』のときに書いたものなのですが、

僕が玉吉さんに関する言葉でものすごく記憶に残っているものがあるんですよね。それは、玉吉さんの昔からの友人が、玉吉さんを評した言葉なのですが、彼は、玉吉さんのことを【適当に遊んでいて、仕事もソツなくやって、人付き合いもよくて、誰からも嫌われることもなく…自分の知り合いのなかで、あんなにバランスが取れた人間はいなかったと思う】というように語っていたのです。

実は、「バランスが取れすぎている」というのは、「全く拠り所が無い」というのと同じことなのかな、とか。

たぶん、僕を含めた「玉吉ファン」にとっては、この作品の「漫画としての完成度」よりも「玉吉さんは大丈夫なんだろうか?」ということのほうが重要なことのはずです。そして、桜玉吉の行く末を見届ける責任を勝手に感じつつ、今後も玉吉作品に付き合っていくのでしょう。というか、これからも付き合っていけるよね?きっと。
 励ましちゃいけない状況だろうから、今はとにかくゆっくり休んでいただきたいです。でもなあ、休もうとしていても、ついついパソコンのソリティアでハイスコアを目指しちゃうような人だからなあ……

幽玄漫玉日記 (1) (Beam comix)

幽玄漫玉日記 (1) (Beam comix)

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