琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

ブログが終わるとき

finalventの日記 - ぶくまで知ったのだけど、ブログが終わるときというか

 これを読んで、僕がいちばん印象に残ったのは、この部分でした。

 以前は少しでも支持してくれる人がけっこう励みだったし、いまもそれはそうだけど、でも、やはりそれも基本的には捨てて行く。っていうか、自分が人から捨てられていく過程と同じなんだしね。

 ブログや日記を書くことで、私は、多くの人に捨てられていくという感じを持っている。

 ブログで「自分の意見」を書くというのは、けっこう痛みを伴うことなのかな、という気がしています。
 それこそ、ほとんど見に来る人もいなかった時期には、「とにかくインパクトがあることを書いてやろう。どうせゼロ以下にはならないんだし」というような一種の「開き直り」があったのだけれども、それなりに来てくれる人が多くなってくると、やっぱり、いろいろと考えるところもあるわけで。
 「こんなことを書いたら、いつも読みにきてくれている(であろう)あの人(と言っても、ネット上だけでの付き合いなんですけどね)は、悲しむか、僕に幻滅するんじゃないのかな、とか。
 でも、何の「偏向」もないものを、人はあまり読みたがらないものです。

 結局のところ、いろんなものを捨てたり、削ぎ落としたりしながら、書き続けているのですよね。もちろん、その一方で、新しく読んでくれる人が増えたりもしているのでしょうが、僕自身は、最近なんだか袋小路に嵌ってしまっているような気がしています。
 今までの経験があるので、きっとこういうのには波みたいなのがあって、それこそ「ホットエントリ連発!」みたいな時期だって、またいつか来るのではないかな、とも思うのですけど。
 とりあえず今は、静かに本やDVDの感想を書き続けてやっていこうと思います。やりようによっては、こういう「感想記事」でも、僕自身の考えていること、言いたいことというのも、少しずつでも、伝えられているのではないかな、とも思いますし。
 以前、「ブログを長く続けたいなら、TVの感想日記がいちばん良い」というのをどこかで読んだことがあります。それは、毎日繰り返されるものだし、多くの人が共有するものだし、そして、個々が異なった感想を抱くものだから。
 「時事ネタ」「社会問題」について語るということは、ある意味、「風船を膨らませ続けるようなこと」なのかもしれません。膨張すればするほど、終焉が近づいてしまうのです。だからといって、膨張することを拒絶した風船は、ただ、少しずつしぼんでいって、そのうち忘れられてしまう。

 結局のところ、僕の場合は、「書きたいことが書けない」と思いつつも、ここを離れることはなかなか難しくなってしまっているのだろうな、と感じるのです。id:kmizusawaさんは、

考えた結果、他にプライベートモードの場所を借りて、ここに書いていたようなことを書くということにしてみましたが、よく考えると意 味がないので、現在はローカルで書いています。それはそれで「安全地帯から陰口を言っている、卑怯だ」ということになるのでしょうが、その評価は当然ですので文句は言いません。

 と書かれていますが、僕が同じことをやったときには、「多くの人の目に触れると、書きたいことが書けなくなって嫌」だったはずなのに、「同じ僕という人間が書いているのに、誰も相手にしてくれない」ということに、1か月くらいで耐えられなくなってしまいました。悲しいことに、ブログの訪問者というのは、なかなか「ちょうどいい塩梅」には、なってくれないみたいです。
 自分にとって、あまりにも閑散としすぎているか、あるいは、人が多くて、雑音で騒がしすぎるかのどちらかにしかならない。
 それに、「チラシの裏にでもいいから、本当に書きたいこと」なんて、たぶん、そんなにたくさんは無かったんですよね、僕にとっては。チラシの裏に実際に書いてみるまで、そのことに自分でも気づいていませんでした。

 でもほんと、そこらへんの小学校の校長先生や中小企業の社長よりも、はるかに多くの人に、毎日「話を聞いてもらえる」のってすごいことですよね。身内にだって、まともに聴いてもらえないこの御時世で。

僕は、ブログの「終わり」について考えるとき、いつも、このエントリを思い出します。
更新が止まったダイアリーに書かれた最期の言葉(by ラージアイ・イレブン)
「終わり」を宣言できるブログっていうのは、実際はすごく少数派なのです。
そして、「終わり」を宣言できるほどの「もてはやされ体験」をしてしまうと、なかなか「ブログから離れる」というのは、難しいことなのではないでしょうか。
「引退」したはずの芸能人の多くが、いつのまにか「復帰」してしまうように、「引退し続ける」っていうのも、けっこう忍耐が必要なことなのかもしれません。昔の「テキストサイト」なんて、「閉鎖のお知らせ」に、当然のごとく新しいサイトのURLが載せられてましたしね。

 僕が今度止めるときは、「炎上」でやめざるをえない状態になるか、「自然消滅」にするつもりです。もっとも、こういう「個人サイト」という文化そのものも、現在のニンテンドーDSの学習ソフトと同じくらいの閉塞感を、すでに抱えているような気もするのですが。

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