琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

『SiCKO(シッコ)』 ☆☆☆☆☆

『SiCKO』公式サイト

参考リンク:『シッコ』(Wikipedia)

 非常に「面白い」映画でした。まあ、これを面白がれるのは、僕が日本人だからだという気もするのですけど。

ボウリング・フォー・コロンバイン」や「華氏911」でのマイケル・ムーアの主張には賛同しかねるという人間でも、国民が金のことなど心配せずに病気や怪我の治療ができる社会が理想的であるということに反論できる人は居ないのではないだろうか。ムーアの新作「シッコ」の強みはまさにそこにある。

 国民健康保険のような国民皆保険制度が無いアメリカでは、06年の統計で、就業していない成人の58%近くが、就業している成人でも23%近くが、健康保険を持っていないという結果が出ている。一方、親子3人で月額800ドルの健康保険料を支払っている我が家族(カリフォルニア在住)にしても、救急車に10分間乗っただけで1,000ドルとられたことがある。こんなケースはザラにあるから、「シッコ」の中でムーアが紹介するアメリカの医療現場での悲劇やホラー・ストーリーは、アメリカ人観客の多くにとって他人事ではないに違いない。

 「シッコ」の中でイギリスの政治家トニー・ベンが「持てる者が持たざる者の面倒をみる。これこそが民主主義というものだ」という実にまっとうな意見を述べているが、“世界で民主主義を推進している”はずのアメリカの“地獄の沙汰も金次第(英語ではWho pays the physician does the cure.「シッコ」のテーマにピッタリ!)”な医療状況には、ムーアと共に大いに疑問を感じざるを得ないのである。(荻原順子)

 ただ、この作品に関しては、「アメリカのひどすぎる医療制度」(というか、国民皆保険が無い国って、西側諸国ではアメリカだけなんですね)を浮き彫りにするためか、アメリカと比較されている国(カナダ・イギリス・フランス・キューバ)の「良いところ」をあえて抜き出して提示し、その問題点はあえて無視しているような印象は受けます。
Wikipedia」には、こんな記述があります。

 劇中ではアメリカの「悪い医療」に対して、イギリス、フランス、カナダ、キューバなどの医療を「良い医療」として対比させる。極端に悪い逸話の羅列や恣意的な統計の提示などによりアメリカの医療制度を徹底的に批判する一方、対照とされる医療制度の欠点、例えばフランスにおける非常に高い税金や、イギリスにおいて資金削減により病院の倒産や医師の出国が相次いでいることなどには言及しない。

 当然のことなのですが、医療システムを充実させようとするのなら、どこかにその「負担」がかかってくるのです。それは増税であったり、医療従事者のQOLであったり……NHSというイギリスの「理想」はさておき、現実にはイギリスという国からはどんどん医師が国外に出て行き、外国人の医師の割合が増えてきているという「現実」もあるのです。マイケル・ムーアはそんなことには全く触れませんが。
 僕はこの映画を観て、「被害者」たちに同情を禁じえなかったのですが、その一方で、彼らの多くが日本人である僕からすれば「明らに太りすぎている」というようにも感じました。そして「医療保険会社は、弱者の味方じゃないの?」と怒りをぶつけている姿にも「いや、彼らは『企業』なんだから……」とちょっと驚いてしまったんですよね。本当にそう信じているとするなら、アメリカ人、ちょっと能天気すぎないか?

 「これに比べたら日本はマシ」って言いたいところなのですが、実際は日本の医療制度って、どんどん「アメリカ型」に近づいてきているんですよね。「病院の経営改善」の名のもとに小児科や救急医療といった「不採算部門」は削られていくし、アメリカほどひどいものではなくても、保険審査で「たくさん削った人が偉い」というのは日本も同じ。
 どうしようもないことで「照会」をしてくる保険会社と、医者に懇願して(あるいは脅して)病歴を改ざんし、保険金を受け取ろうとする患者たち。激増するクレームや訴訟。
 疲れ果てた医療従事者の多くは、一斉に「ラクで高収入な職場」に流れていこうとしています。
 
 いままでの日本の医療制度というのは、医療者側の目的意識に支えられていた一方で、患者側(というか、国民の意識として)高い衛生観念と自分より重症の人には順番を譲るのが当然、というようなモラルの高さに恩恵を受けていた面が大きいのだと思います。ところが、もう、そういう時代は終わっていて、患者は「自分最優先」、病院側も「利益をあげる」ことが至上命令になっています。
 この映画、本当は「対岸の火事」じゃないんですよ。
 むしろ、「こんなふうになってしまう前に」今の日本人こそ観ておくべき映画なのかもしれないな、と思うのです。
 ただし、マイケル・ムーアの映画だということを頭の片隅には置いておく必要はありそうですけど。

(もう少し詳しい感想を、近日中に『いやしのつえ』のほうに書くつもりです)

 

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