琥珀色の戯言

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米原万里の「愛の法則」 ☆☆☆☆

米原万里の「愛の法則」 (集英社新書 406F)

米原万里の「愛の法則」 (集英社新書 406F)

(本の内容)
稀有の語り手でもあった米原万里、最初で最後の爆笑講演集。世の中に男と女は半々。相手はたくさんいるはずなのに、なぜ「この人」でなくてはダメなのか―“愛の法則”では、生物学、遺伝学をふまえ、「女が本流、男はサンプル」という衝撃の学説!?を縦横無尽に分析・考察する。また“国際化とグローバリゼーション”では、この二つの言葉はけっして同義語ではなく、後者は強国の基準を押しつける、むしろ対義語である実態を鋭く指摘する。四つの講演は、「人はコミュニケーションを求めてやまない生き物である」という信念に貫かれている。

 正直、この本の表題になっている、第1章の「愛の法則」という講演は「こ、これ竹内久美子?」と悶絶してしまうような内容で、僕はかなりガッカリしてしまったのですけど、第2〜4章の「通訳という仕事」や「コミュニケーション論」に関しての講演は、とてもすばらしいものでした。たぶん、このタイトルのほうが「売れる」という判断なのでしょうけど、僕はこの本にこういうタイトルがつけられてしまっているのは残念だなあ、と思っています。
 第三章での「同時通訳のやりかた」を聴衆の前で米原さんが実践されているところなどは、「圧巻!」の一言なんだけどなあ。

 僕がこの本でいちばん印象に残ったのは、米原さんが「通訳」になったきっかけが語られているところでした。
 9歳のときにチェコに一家で移住された米原さんは、現地のロシア語のソヴィエト学校で、こんな体験をされています。

 なにもわからない、いっさい言葉が通じないところに毎日毎日通わなくてはいけないのは、もう、苦痛を通り越して恐怖でしたね。先生の話すことがなにもわからない。そこに一日中座りつづけていなくてはならない。拷問以外のなにものでもありませんでした。それから周りの子どもたちが笑っているときに一緒に笑えない、これも切ないですね。悲しい、寂しい。それから、理不尽なことをされても、相手に抗議もできないし、相手を罵ることもできない。これも非常に悔しい、辛い。大人だったら、自分の人生の主人公になれますから嫌だと思ったら、荷物をまとめて出てしまう、通うのをやめてしまうことができたはずですが、私は子どもで、あくまでも被保護者ですから、親の言うとおりに通いつづけなければならなかったのです。だから、私の体はこちこちに堅くなってしまって、9歳だったんですけど、偏頭痛と肩こりに悩まされるようになりました。いつになったらこの地獄から抜け出せるのか、あるいは抜け出せないのか、もう胸が張り裂けそうでした。毎日学校に行くのが怖くて怖くて……。
 それでも、3ヶ月くらいたってくると、少しずつ薄皮がはがれるように、話されていることがわかってくるんですね。わかってくるけれど話すほうはもっと難しい。わかるけれど言えない。このわかるけれど言えないというのは、ちょうどアンデルセンの人魚姫の感じと同じです。だから私は『人魚姫』を読むと、自分のことのように涙があふれてくるのです。全部わかっているのに、なに一つ自分で表現できない辛さ悲しさ。

 さらにもう少し時間が経ってくると、非常に簡単なことならば言えるようになってきました。例えば「そのセーター、いいセーターね」、それから「図画の先生ってキザね」とか。そういう実に他愛もないことなんですが、これがきちんと相手に通じたときの喜び。あれだけ物が通じない地獄を味わうと、通じた瞬間の喜びは大きいですね。今までの苦痛がチャラになって、お釣りがくるほど大きいと思いました。だから私が通訳の仕事に就いたのは、お互いを全然わかり合っていない人たちが通じ合った瞬間の喜びを、無限に味わえるからではないかという気がしたからです。

 大人であれば、あきらめて帰国したり、言葉が通じる人たちのコミュニティに閉じこもることもできると思うのですが、子どもの場合はそうはいきません。
 もし僕がこんな環境に置かれていたら……と想像するだけで、怖くなってしまいます。
 だからこそ米原さんは、「言葉が通じること」のありがたさ、喜びを知り、それを多くの人に伝えたい、と思い、通訳の道を選ばれたのですね。「通訳」っていうのは、単に言葉を置き換えるだけではない、人と人とを繋ぐことができる仕事なのだなあ、と、なんだかうらやましくなってしまいました。
 
 僕が米原さんの著作を多くを読んだのは、米原さんが亡くなられてからなのですが、読み終えるたびに「もうちょっと米原さんに時間をあげてほしかったなあ」と思わずにはいられなくなるんですよね。

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