琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

「活字離れ」は「読書家」の責任なのか?

活字離れを進めてるのは読書家なんじゃないの? (by『Good_Hopeの日記』(2007/9/1))

この↑のエントリーで紹介されている記事の

しかし私は今の自分を「多読家」とはそれほど思っていない。プロはこんなものではないことを知っているからだ。日垣隆は一冊の本を書くのにだいたい300冊程度読まなければならないと複数のエッセイで書いているが、彼は年間3000冊以上本を読んでいる。それも私のような「安物」ばかりではなく、一冊何万円もする専門書もびしばし読んでいる。その一端は「使えるレファ本 150選」で確認することが出来るが、読書にたいして蘊蓄を垂れるには、このレベルが基準点なのではないだろうか。

こんな文章を読んでいると、僕も正直なところ、そのあまりの敷居の高さに唖然としてしまいます。
たぶん、速読法とかをマスターしているんでしょうけど、1日8冊強も本を読むなんていうのは、物理的にも経済的にも「普通の人」には無理なんじゃないかと思うのです。
そして、確かにこういう「読書自慢の人たち」が、「読書の敷居を高くしている」ような気もしますよね。僕も本大好きだし、それこそ、「ポケットには常に文庫本」という状態だけど、それでも年間3000冊なんて無理です。こういうのを読むと「少々がんばっても、どうしようもないな……」としか思えません。

しかし、考えてみればこの話、あくまでも「プロの読書家」についてなんですよね。
「そんなふうに言われたら、せっかく本を読もうと思っても、目標のあまりの遠さに萎える」というのはわかるんだけど、それって、「イチローのプレーを観て、あんなふうになれるわけないから、野球をやめる」というのと同じなのかもしれません。
逆に、「そんなの自分には絶対にできないよ……」と観客を圧倒するくらいでないと、「プロ」とは呼べないという考え方もあるのです。

じゃあ、どうして「野球離れを進めてるのはプロ野球選手なんじゃないの?」と言われないのか?
まあ、僕は運動オンチなので、プロ野球は「観て楽しむもの」(いや、最近はあんまり楽しくないというか、苦行だと思うことも多いですけどね)だと認知しているのですけど、「本を読む」という行為があまり尊敬されないのは、それがあまりに「個人的な体験」だからなのかもしれません。スポーツ選手の凄いプレーは多くの人を感動させるけれど、多読家が何冊本を読了しても、それは、周囲の人にとっては面白くもなんともない。そして、「本を読む」というのは誰にでもできる(あるいは、できそうな)行為であるだけに、その数だけを自慢されると、なんだかちょっと感じ悪い。
僕の場合は、スポーツに関しては最初から「あきらめている」だけに「すごいなあ」と素直に感動できるのですが、小説とかゲームに関しては、自分が好きなものであり、「自分にだってやればできるかも……」なんていう淡い期待を抱いている分だけ、いろいろ言いたくなるような気もするんですよね。
でもまあ、本質的には「読んだ本の量」を自慢するのって、野球選手が筋トレの時間を自慢するのと同じようなものだと僕は考えています。要するに、どんなに本をたくさん読んだって、それをなんらかの形でアウトプットして、他人の心を動かすことができなければ、偉くもなんともないだろう、と。いくら筋トレしたって、試合で三振の山じゃあ、どうしようもないものね。
残念ながら、「読書家」には、こういう「筋トレマニアの野球選手」みたいな人が多いのも事実だと思います。

で、その筋肉、役に立ってるの?
自己満足に浸っている分には、それはそれで良いんだろうけどさ。

俺は読書を難しいと思ってる人に声を大にして言いたい。簡単な本でもいいんだよ。月に1冊でもいいんだよ。読書は面白いから、騙されたと思って本読んでみな。もし読んでみてつまらなかったからって、自分を責める必要はないんだよ。つまらないのは、その本が悪いんだから。

 本当にそのとおりなんですよね。たぶん「本が好き」「本が嫌い」っていうのは嘘で、みんな「面白い本は好き」で、「つまらない本は嫌い」なだけなんだと思う。もちろん、僕だってそうです。そして、自分のストライクゾーンを見つけられないために「本なんて面白くない」って、思い込んでしまいがち。マンガだって、エロ本だって「本」なんだし、難しい本が偉いってものでもないはず。

 まあ、僕は正直、「本をたくさん読むことが、人生を豊かにするか?」という問いに、自信を持ってうなづくことはできないのですけどね。他にできることがないから、読んでいるだけのような気もするし、「本を読まない人生」を体験したことないし。

 ただ、こういうのって、「ゲームマニアがゲームをつまらなくしている」っていうのと同じで、マニアの立場から言わせてもらえば、「じゃあ、今の出版業界を(金銭的に)支えて、いろんな本が出せるようにしているのは誰だと思ってるんだ?」とも感じます。
 テレビゲームで言えばニンテンドーDSの一部のソフトを除けば、コアゲーマーしかゲームを買ってくれないから、結局、コアゲーマーに売れるゲームしか出せないというのも現実。「読書家」がいなくなったら、みんな本を読むようになるかと問われたら、僕は「やっぱり読まない人は読まない」と思いますし、そうなると、本を買う人が誰もいなくなってしまうのでは?と危惧してしまうのです。
 いや、『告白』とか『雪沼とその周辺』みたいな、「読書慣れしていないと面白さが分からない本」ばかりをオススメしている「読書家」は、やっぱり初心者に対して不親切だとは思いますけどね。まあ、そもそも本に興味が無い人は、「書評」なんかに興味ないのか……

 ところで、僕はこれを読んで、「ブログ離れを進めているのは、アルファブロガーなんじゃないか?」と考えてしまいました。有名ブログ界では、1000アクセスの人が、「いや、○○さんは1日1万アクセスだから、うちなんて弱小ですよ」と、どんどん「満足すべき水準」を上げているようにも思えるのです。正直、そんなレベルに達することができるブロガーはごく一握りだし、これからのブログサービスは、「1日50人でも、楽しけりゃいいじゃん」っていう価値観でアピールしていかないと、ブログはどんどん終わっていくのではないかなあ。

 待てよ、それが「mixi」なのか……

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