琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

きょうのできごと ☆☆☆☆

きょうのできごと (河出文庫)

きょうのできごと (河出文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
ある晩、友人の引っ越し祝いに集まった数人の男女。彼らがその日経験した小さな出会い、せつない思い。5つの視点で描かれた小さな惑星の小さな物語。書下ろし「きょうのできごとの、つづきのできごと」収録。

 柴崎友香さんの作品を読むのは、たぶん、この本がはじめてだったのですけど、今の僕にとっては、すごく「読んでよかった」作品でした。
 僕の人生で「後悔していること」のひとつに「青春の欠落」があるのです。
 僕はそれなりに真面目に学校に行き(行きたくなかったけど)、勉強をして(したくなかったけど)、友達の彼女を奪ったりすることもなく(奪われちゃったことはあるけど)、大学を卒業して働いているわけなのですが、「若い頃に、もっと校舎の窓ガラスを割りまくったり、同級生女子と『一夜の過ち』をおかしてしまいたかったなあ」なんて妄想するんですよね。ああ、手堅いけどつまんない前半生だったな、と。リアルタイムでは、そんなことをしている連中を「自分の人生を劣化させているバカ」だと軽蔑していたのにね。
 でも、この『きょうのできごと』を読んでいて、自分で「つまんない」と思い込んでいた学生時代にも、たくさん「すばらしい瞬間」が散りばめられていたのだ、ということを思い出せたような気がします。友達の家に集まってみんなでダラダラ飲んで雑魚寝しただけの夜にも、本当は、たくさんの「ドラマ」があった。バカ話ばかりしている友達の家の本棚にフロイトユングが並んでいるのに内心驚いたり、ちょっと気になっていた女の子がちょっと酔って無防備になっているのにドキドキしたり……
 「大きなドラマや事件は何も起こらない小説」なのですが、だからこそ、この作品は僕に優しいのです。
 ああ、こういう小説も(あるいは、こういう青春も)「アリ」なんだな、と。
 そしてもちろん、この「何も起こらない世界」を読者に飽きさせないのは、柴崎さんの卓越した「心の描写」があるからなのです。

「だってさあ」
 わたしの声に、真紀ちゃんは首を傾げてわたしを見た。
「だって、なんか怖いねんもん」
「なにが」
「好きじゃない人が自分のこと気に入ってるっていうのもなんか気持ち悪い。それに、好きじゃないって思ってる人でも、いっしょにおるうちにちょっと好きになるかもしれへんやん?」
 真紀ちゃんは黙っていた。
「めっちゃ好きな人にはわたしを好きになってほしいけど……。なんていうか、今、好きじゃないのに、いっしょにおって好きになるかもしれへんのって、なんか怖い」
「怖い。……怖い?」
 わたしはなんとなく真紀ちゃんと目を合わせづらく、真紀ちゃんは真紀ちゃんでわたしが言ったことについて考え込んでいるみたいだった。夜の道が静かすぎて沈黙が続くのがいやなので、話した。
「自分の気持ちがわからへんようになるっていうか、今思ってることととだんだん違う方向に行ってしまうのが、うーん、不安、っていうか。自分の気持ちが、そのときにはよくわかれへんのかもしれへん。あとから考えたら、あ、国文の人って吉野くんな、吉野くんにもあんなに冷たくせんでもよかったなって思うし、逆にかっこいいと思ったからってあんなに突進せえへんかったらよかったと思うこともあるけど、そのときは、好きやったら好き、いやなもんはいや、これからもずっとそう、て思ってしまう」
 自分でも言っていることがほんとうに自分の気持ちなのかよくわからなかった。ただ、ものすごく好きだと思っている人以外から、それが単に軽くごはんを食べましょうっていうことでも、誘われたりするのがとても苦手だということは、真紀ちゃんに指摘されなくてもわかっていた。

 いや、僕はモテなかったので、「来てくれるんだったら誰でもいい!」っていう気持ちもあったのですけど、「なんでもない飲み会の夜」とかにでも、確かに僕たちは、いろんなことを考えて、それを言葉にしようとしてきたのですよね。
 その大部分の記憶はすぐに失われて、「あの夜はちょっと飲みすぎたな……」みたいな記憶に置き換わってしまうのですけど。

 ちなみに、この小説、行定勲監督によって映画化されているそうです。僕は未見なのですが、Amazonでの評判も良いみたいなので、今度観てみようかと思います。でも、田中麗奈さんって、真紀よりも、「けいと」(主人公のひとりの女の子の名前)っぽくない?

きょうのできごと スペシャル・エディション [DVD]

きょうのできごと スペシャル・エディション [DVD]

 

アクセスカウンター