日本の職人技 松井のバット、藍ちゃんのゴルフクラブをつくる男たち (アスキー新書 040)
- 作者: 永峰英太郎
- 出版社/メーカー: アスキー
- 発売日: 2007/11/12
- メディア: 新書
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【内容情報】(「BOOK」データベースより)
世界のトップレベルで競う一流選手たちの陰には、それを支える究極の道具や技術がある―。一切の妥協を許さず、その先へ挑戦し続け、アスリートと真剣勝負する匠たち10人の物語。野球、サッカー、マラソン、ゴルフ、卓球など、人気のスポーツ界を舞台に繰り広げられる、もうひとつの頂点への闘いを描く。
【目次】(「BOOK」データベースより)
1 イチローや松井秀喜のバットを作り続ける伝説の名人―久保田五十一・バット職人/2 中村俊輔とともにサッカーシューズの開発に挑む男―森下尚紀・サッカーシューズ開発者/3 韓国や中国のトッププロ、福原愛らのラケットを作る―千原悟・卓球ラケット職人/4 イチローと松井秀喜のグラブはこの人しか作れない―坪田信義・グラブ職人/5 世界の砲丸メダリストが支持する球を作り上げる―辻谷政久・砲丸職人/6 マラソンの野口みずき、高橋尚子らのシューズを作る天才職人―三村仁司・スポーツシューズ職人/7 モーグルの上村愛子ほかトップクラスの選手のスキー板の開発に挑む―藤本誠・スキー板開発者/8 阪神の赤星憲広、大リーグの井川慶、古田元捕手らのグラブを作る―佐藤和範・グラブ職人/9 阪神甲子園球場の土や芝を整備する―金沢健児・グラウンドキーパー/10 宮里藍のゴルフクラブの開発に挑む―岩出浩正・ゴルフクラブ開発者
スポーツを観る側からすれば、「裏方」でしかない、この「スポーツ用具をつくる人たち」なのですが、この本を読んでみると、彼らもまた「アスリート」であり、頂点を目指すために日々激しいしのぎを削っているのだということがよくわかります。そして、収入や世間的な知名度には大きな較差があっても、超一流の選手ほど「職人」たちに大きな敬意を払っているんですよね。メディアの取材などにはぶっきらぼうな印象がある有名選手でも、「自分の道具を作ってくれる人」の前では本音をさらけだし、「盟友」としての厳しさと温かさを見せるのです。
一流選手ほど「道具」を大切にすると言いますが、「伝説のバット職人」久保田五十一さんは、こんなことを仰っておられます。
今回の取材のなかで、もう一度だけ、久保田さんの表情が厳しくなった場面があった。選手が三振などをしたとき、バットを地面に叩きつける行為について、どう思うか感想を聞いたときだった。
「これはね、人間として恥じる行為だと思いますよ。バットの木になるまで、何年かかると思いますか? アオダモで70〜80年かかるんです。そんな長い時間をかけて、自然が作ってくれたものを使わなくては、仕事をすることができないんです。ドラフト1位で入団しても、手でホームランを打つことはできません。そういう恩恵を抱けない選手は、プロでは成功しないと、私は思うんですよ」
大リーグ中継を見る機会があれば、ぜひイチローと松井のバットの扱い方を観察してほしい。
例えば、松井が敬遠のフォアボールを受けたとき。彼は、そっとバットをグラウンドに置き、ゆっくりと一塁ベースに向かっていることだろう。まるで、宝物を扱うかのように――。
こういうのって、スポーツ選手と用具の関係だけじゃないですよね。日頃、仕事道具を乱雑に扱いがちな僕にとっては、とても身につまされる話でした。いや、「道具」だけではなくて、周りの人に対する姿勢についても、同じことが言えるはずです。バットに八つ当たりする人のために、最高のバットを作ってあげようと思う人はいないでしょうし……
しかし、この本を読んでみると、無名の若手が、ベテランや一流選手に追いつき、追い越してレギュラーを奪うというのは大変なことなのだな、とあらためて思い知らされます。有名選手は、実力はさることながら、「用具」でも自分に合った、超一流の匠たちが作ったものを使えるのですから。そういうアドバンテージって、けっこう大きいのではないでしょうか。
F1の世界ほどではなくても、野球やゴルフでも「マシンの差」というのは、けっこう大きいような気がします。
最後に、この本で紹介されていた、久保田さんとイチロー選手のエピソードをひとつ。
取材を終えたあと、広報の方から「久保田は、イチロー選手にお会いすることも多いんですよ」と打ち明けられた。
そこで、再びロクロの前に立っている久保田さんに、失礼を詫びつつ、そのことについて聞くと――。
「嬉しい言葉をいただいたことがあるんですよ。ずっと同じバットだったんで、『何か改良すべき点はありますか?』ってお聞きしたんですよ。そしたら、イチローさんは『このバット以外、考えられませんよ』っておっしゃってくださって」
そう話すと、久保田さんはにっこり笑った。
「最高の職人」どうしの至福の瞬間の話。
何気ない言葉のようですが、これ以上の賞賛と感謝の言葉って、なかなか無いと思います。