5年前、僕はリンリンに会いました。
そのときのことを再掲しておきます(「パンダがいない、上野動物園。」〜『活字中毒R。(2003/1/27))
朝日新聞の記事より。
【繁殖のためにメキシコ市のチャプルテペック動物園に貸し出される上野動物園のジャイアントパンダ、リンリン(雄、17歳)が27日、現地へ向けて出発した。今回で3度目だが、繁殖年齢の上限が迫っており、関係者は「今回こそ」と期待している。帰国は4月の予定で、それまでは上野動物園では、パンダが見られなくなる。
27日正午、リンリンは輸送用のケージに入って通用口に到着。飼育係が好物のサトウキビを与えると、おいしそうに平らげた。菅谷博園長は「次の世代に種を残すのは大切な仕事。今回はぜひ成功に導きたい。リンリンもやる気十分ですので期待していただきたい」と報道陣に語った。チャプルテペック動物園では、雌3頭とお見合いをし、相性が良ければそのままペアリングさせて自然交配を待ち、うまくいかない場合は人工授精に切り替える。
同園は01年以来、リンリンを2度迎え入れ、繁殖を試みたが、いずれも失敗している。パンダは発情期が短く、繁殖は非常に難しいという。】
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「リンリンがやる気十分」っていうのは、ちょっと疑わしい気もするのですが。
さて、今年の1月2日に、僕は上野動物園に行きました。実に約20年ぶり。
あまり東京に縁が無い地方在住者である僕にとっては、上野動物園は、20年前でも今でも、まさに「パンダがいるところ」以外のなにものでもないのです。
そして、久々に寒空の中動物園に入園したのですが、正直、そのセピア色の光景に物悲しい気がしました。
前は、あんなに広い空間だったのに!とか、あんなに珍しい動物がたくさんいたのに、とか。
もちろん、動物園そのものは、20年前とそんなに変わっていないどころか、むしろ、動物の数は増えているのかもしれませんし、真冬ですから、屋内で過ごしている動物が多かったためなのかもしれません。
でも、前日遊びに行った東京ディズニーランドと比べると、上野動物園は、あまりにも時代に取り残された場所のように、その時は思えたのです。「そんなことも知らなかったの?」と言われるかもしれませんが、僕は、上野動物園のパンダのいる場所に着くまで、「上野動物園には、今、ジャイアントパンダは1頭しかいない」という事実を知りませんでした。
僕の記憶の中では、ランラン・カンカンから始まって、ホアンホアンとか、フェイフェイとかいたよなあ、そういえば…と途中から時系列も滅茶苦茶になって、ただただ「上野動物園には、パンダがいるはず」という思い込みだけが残っていた状況。ただ1頭でせわしなく檻の中を歩き回るリンリンは、なんとなく、疲れきっているように見えました。パンダが日本に来て、もう30年。各地の動物園は、経営難に苦しんでいます。これだけさまざまなメディアが発達してしまうと、「生きた動物を見る」ということに、人々はあまり刺激を感じないのかもしれません。実際に上野動物園にいた人たちは、明らかにTDLにいた人たちよりも年配か、小さな子供たちばかりでしたから。
でもなあ、だからこそ、リンリンには、これからも元気で頑張ってもらいたいものです。僕と一緒に行った人は、「パンダに始めて会えた!」といって、ものすごく喜んでいましたし。いやほんと、悔しいくらい可愛い動物なんですよ。ある檻の前で、子供が発した言葉に、僕は驚きました。
「このキリン、リアルだねえ〜」今の世の中、「実像」と「虚像」の区別なんて、無くなってしまったのかなあ。
「これがリアルな戦場かあ!」「これがリアルな銃か」
「やっぱり、リアルな銃で撃たれると、痛いんだなあ…」戦争の話は極端な例えかもしれませんが、僕らは、「本物」が何かわからないまま、すべてを「知っている」つもりなのではないでしょうか。
まあ、動物園というのは、動物にとっては迷惑千万な施設かもしれませんし、リンリンだって、独身主義のパンダだったりしてもおかしくないですが。
とりあえず、彼女の旅の無事を祈ります。パンダのいない上野動物園は、やっぱりちょっと寂しいけれど。
リンリンが日本に帰ってきたら、たまにはリアルなパンダに逢いにいきませんか?
列に2時間も並ばなくていいし、たまには、のんびりとお弁当でも抱えて。
パンダというと、今の時勢ではどうしても「中国のパンダ外交」みたいな話になってしまって、あんまり良いイメージを持たれないのではないかと思うのですが、僕が子供だった30年前には、「ジャイアントパンダ」は、まさに「国民的アイドル」だったのです。
夏休みに上野動物園で親に連れていってもらった上野動物園で見たパンダの「動くぬいぐるみ」のような愛らしさは、人だかりの隙間から眺めたり、親に肩車してもらったりしながらほんの少し見ただけの僕にも、すごく印象的なものでした。
僕にとっては、パンダって「子供時代の幸せな記憶」のひとつの象徴みたいなものなんですよね。
2003年に上野動物園に行ったときには、妻と一緒でした(当時はまだ結婚してはいなかったけれども)。
はじめて本物のパンダを見たという彼女に、昔のパンダブームの時代にパンダに会ったときの話をしながら、僕は自分があのときの親と同じくらいの年齢になってしまっていることに、ちょっとした感慨を覚えたものです。
現代に、日本では神戸と和歌山でジャイアントパンダが飼育されており、それらの地域は直線距離では今の僕の住まいからは上野よりはるかに近いのですけど、僕にとっては、「パンダといえば上野動物園」だったのですよね。
だから、こうして「上野動物園にパンダがいなくなってしまった日」が来て、それがあまり大きなニュースにもなっていないという現実は、やはり寂しいものです。
ジャイアントパンダの「本当のお値段」(『活字中毒R。(2008/1/6))
↑を読んでいただくと、ジャイアントパンダの飼育には「とにかくお金かかかる」ことがわかります。旭山動物園などの一部の「勝ち組」を除いては非常に厳しい状況にある日本の動物園経営の現状、そして、現在の「パンダの集客効果」を考えると、上野動物園に再びジャイアントパンダがやってくることは、もうないのかもしれません。
パンダ本人にとっては、そのほうが「幸せ」なのでしょうけど……
さようなら、そして、長い間お疲れ様でした。
あれだけ多くの人の目にさらされながら生きるのは、すごくストレスが大きかったはず。
セピア色の上野動物園の最後のアイドル、リンリンの御冥福を心よりお祈りします。