- 作者: 松尾スズキ
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2008/04/25
- メディア: 文庫
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俳優にして演出家、あと脚本家、そして映画監督。しかし、25歳まで無一文のフリーターだった松尾スズキが、わけもわからないまま入って覗いた、あなたの知らない芸能界。弟子、阿部サダヲとの特別対談収録!
TV初出演は水戸藩士役、ギャラは一万円だった。それからいろいろありました。「大人計画」草創期の思い出、女と旅行でキャンセル事件、伝説の深夜ドラマ執筆、連ドラ出演、そして映画監督に。でも結局、芸能界には馴染めそうもない。それでもひたすら腰低い。松尾スズキの独白を聞くうちに、あなたは現代の秘境へと迷いこんでしまうことだろう。阿部サダヲらとの豪華対談も収録!
あの松尾スズキさんが「ほとんど売れていなかった頃」からの芸能界との関わり、そこで接した人々のことをかなり率直に書かれた本です。いやほんと、けっこう「ギリギリ」なんじゃないかと思いますよこの内容は。そして、こんな本を書くことが許されるほど、松尾さんというのは芸能界のなかではまだ「異端」なのだな、ということにも驚かされます。
なかでも興味深いのは、「脚本家・松尾スズキ」が自らの昔の作品について語っているところでした。
以下、松尾さんが「初めて書いたドラマの話」。
当時人気のあった高嶋政宏を当て込んで書いた1時間物のヤクザが主人公のドラマだ。その後に書いたものはほとんど宮藤に手伝ってもらってるから、自分だけで書いたのは実はそれっきりだったりするわけだけど、まあ、他の例に洩れず私のドラマはわかりにくいし、1時間ものに2時間書いてるし、残酷描写が多すぎたりシャブ打ってたりするんで没になったんだと思う。おぼろげにしか覚えてないが、確か、組長を襲名するとその親分は必ず両手両足を失って「だるま」になるという伝説のある組を継ぐことになってひたすら思い悩む若頭の話だったと思う。
つうか、そんな話テレビでとおるわけねえよ!
僕も「とおるわけねえよ!」と思います。でも、その「冷静になって考えてみればとおるわけないドラマ」を1時間なのに2時間も真剣に書いてしまうというのが松尾スズキさんの「ルーツ」なんですよね。しかしこれ、とんでもない話だけど、脚本家として一流になるためには、ここまで「普通じゃない発想」ができないといけないのか……と、唖然としてしまうエピソードでもあります。
あと、この本を読んで痛感するのは、松尾さんの「選ばれし者の恍惚と不安」、そして、「表現しないと生きていけない人間の業」みたいなものなんですよね。
収録されている奥菜恵さんとの対談のなかに、こんなやりとりがあります(松尾さんの離婚、そして奥菜さんの結婚のかなり前、2000年の対談です)。
奥菜:赤ちゃんとかいないんですか。
松尾:いないです。なんで?
奥菜:どっちなんだろうと思って。
松尾:赤ん坊はちょっと考えられないですね。たぶんろくでもない子供が生まれるんじゃないかと思って。
奥菜:何でそんなこと(笑)。
松尾:今までの悪業が子供に全部集約されるのではないかと。ま、そんなことで子供は作らないことにしてるんです。
奥菜:欲しくないんですか?
松尾:だから、ろくでもない子供が生まれるから作りたくないんですよ。
奥菜:そんな……そんなのわかんないじゃないですか!
これ、男女逆だったら、「セクハラ」と弾劾されること確実なやりとりなんですが、松尾スズキさんが抱えている(いや、自分でも抱えきれていない)「一面」が見えたような気がしました。
もともとかなり少ない原稿に対談などを加えて、かなり強引に本にしているのですが、それだけに、「リアルタイムな松尾スズキの本音」みたいなものが伝わってきます。これらの文章が「本として残る」ことを松尾さんが想定していなかったからこそ書けた内容もけっこう含まれているように思われますし。
松尾スズキさんに興味がある方は、↓の本もぜひ御一読を。
- 作者: 長坂まき子
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2007/04
- メディア: 文庫
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あわせて読んでみると、ものすごく才能はあるんだけど、不安定な面を抱えている松尾さんがこうして芸能界を覗いてこられたのは、たぶん、長坂さんのおかげなのだろうな、ということがよくわかります。
あと、妹尾河童さんの『河童が覗いたインド』って、いまの40〜60歳くらいの人には、すごく影響力がある本だったのだなあ、とこの本のタイトルを見てあらためて感じました。椎名誠さんも、『インドでわしも考えた』っていう本を出しておられますし。