琥珀色の戯言

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夕凪の街 桜の国 ☆☆☆☆


夕凪の街 桜の国 [DVD]

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解説: 第9回手塚治虫文化賞新生賞、平成16年度文化庁メディア芸術祭漫画部門大賞を受賞した、こうの史代の同名傑作コミックを、『出口のない海』の佐々部清監督が実写映画化したヒューマンドラマ。広島原爆投下から13年後と現代に生きる2人の女性を通して、現在までに至る原爆の悲劇を描く。主演は、若手実力派女優の田中麗奈麻生久美子。共演には中越典子藤村志保堺正章ら多彩な顔ぶれが集結。登場人物たちの人生や何気ない日常生活を通し、命の尊さを語りかけてくる。(シネマトゥデイ

あらすじ: 昭和33年広島、皆実(麻生久美子)は同僚の打越(吉沢悠)から求愛されるが、彼女は被爆した心の傷と、自分が生き残った罪悪感に苦しんでいた。やがて、皆実に原爆症の症状が現れ始める。半世紀後、皆実の弟の旭(堺正章)は家族に黙って広島へ向い、父を心配した七波(田中麗奈)は、後を追う内に家族のルーツを見つめ直す。(シネマトゥデイ


 僕は原作に非常に思い入れがあるので、この映画化は非常に楽しみしていましたし、その一方で不安でもありました。あの原作を2時間の映画にしたら、「お涙頂戴映画」になってしまうのではないか、と。
 実際にこの映画を観ての僕の率直な感想は、「確かに原作に忠実だし、良い映画ではあるけれど、原作ほどの『説得力』は無いなあ」というものです。主役の女性2人の演技(とくに麻生久美子さん)の演技は素晴らしかったと思うし、最後の「それでも広島で生きて、被爆した女性を妻にすることを選んだ旭」の場面では、漫画で読んだときと同じように涙が出てしまったのですけど。

 たぶん、こういうのって、「映像化の限界」なのでしょうけど、皆実の「死にかた」があまりにも綺麗でドラマチックすぎたり、被爆当時の広島の様子を絵で伝えようとしていたり(僕は個人的に、あの絵ではかえって観客に伝わりにくくなっているのではないかと思います)、原作で広島の街の空気感を伝えていた、当時のカープへの広島の人たちの希望と愚痴がまったく描かれていなかったり、というようなところが、ちょっと気になってしまったんですよね。
 映像というのは、直截的に描けるだけに、かえって難しくなってしまったところもあるのでしょう。
 現代の広島が舞台なだけに、かえって、広島の「空気感」みたいなものが伝わりにくいというのは皮肉なものですが。
 あと、映画としては、「何も起こらないのがちょっと退屈」だと思われてしまいそう。
 漫画であれば、想像力で埋められる余地も大きいし、読むのに1時間もかからない長さなので……

 僕にとってのこの作品の魅力というのは、「原爆の悲惨さ」が描かれているところではなくて、「原爆というひとりの人間の力では及びもつかないような大きな災厄に襲われながらも、それでも強く生きていこうとする人間の姿」がしっかり描かれている、というところなのです。

 原作者のこうの史代さんは、「いちばん好きな言葉」として、

 私はいつも真の栄誉をかくし持つ人間を書きたいと思っている(ジッド

 を挙げておられます。

 確かに、この作品の主人公たちは、一見、普通に生きているだけのように見えるけれど、大きな不安とハンデキャップ、世間からの差別に負けずに生き抜こうとしている「真の栄誉をかくし持つ人間」だと僕も思いますし、それは、被爆者だけの問題ではなく、普通の人が普通に生きていくのって、なんてすごいことなんだろう!と考えずにはいられなくなるのです。

 被爆者として生きること、被爆者を妻にすること、被爆二世として生きるということ……
 僕が旭の友人や身内だったら、「わざわざそんな相手と結婚することはないじゃないか」って言うと思うのですよ。せっかく被爆しないですんだのに、自分から苦労するに決まっている道を選ぶことはないだろう、と。
 でも、人間っていうのは、それでも「あえて苦労するに決まっている選択」をする生き物なんですよね。
 そして、そういう人がいるおかげで、世の中というのは続いているのです。

 正直、原作ファンにとっては、「絶対観るべき映画」だとは思いませんが、映画だけ観て「こんなものか」と感じた人には、ぜひ、原作のほうも手にとっていただきたいです。


参考リンク:原作漫画『夕凪の街 桜の国』の感想(最近文庫版も出たようです)

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

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夕凪の街 桜の国 (双葉文庫)

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