琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

癒されるのは実はブロガーのほうなのだ。


結局blogなんて、クソの役にも立たなかったわけだ。(はてな匿名ダイアリー)
↑のエントリについて、もう少し語ってみます。

癒されるのは実は受刑者の方なのだ。(活字中毒R。(2006/10/13))
↑のエントリの中で、田口ランディさんが書かれた、こんな文章を紹介しています。

米国では受刑者が学校を講演して歩いて、ドラッグや暴力の恐ろしさを体験を元に語るプロジェクトがあるという。当初それは青少年の非行防止のために企画された。
 ところが不思議な結果が出た。癒されるのは実は受刑者の方なのだ。若者に語った受刑者はみな非常に高い割合で更正していく。子供たちの魂は語る者を癒す力を持っているらしい。たぶん彼らは「罪」を犯したという過去に囚われず、純粋に目の前にいる「人間」に共鳴するんだろう。

結局のところ、川田さんは亡くなられてしまったので、「命を救えなかった」という点では彼女のブログは「無力」だったのかもしれませんが、たぶん、あの一連のエントリは、少なくとも「ブログの読者への積極的なSOS」ではなかったと思います。彼女は自分が迷っていたことや悩んでいたことを、たぶん「誰かに聞いてほしかっただけ」なのではないかと。
僕は長年こうして書き続けているのですけど、やっぱり、こういうのって「役に立たないこと」だと感じることってあるんですよ。この時間に勉強したり本でも読んでいれば、もっと違った人生が開けていたかもしれない。
ただ、僕自身があまり自分には向いていない仕事を日々こなし、なんとか生きてこられたのは、こうして毎日書くことになんらかの「生きる目的」みたいなものを感じられているからなのかな、とも思うのです。
ブログを始めた直後、そして、それなりの数の人が見に来てくれるようになった「発展期」はとっくの昔に過ぎ去り、いまや僕とブログは「倦怠期」に入っているようにも感じるのですが、「驚くほどのアクセス数」「たくさんのコメント」「賞賛の嵐」(硝酸の荒らし?)は無くとも、最近の僕とブログは、それなりにうまくやっていけているのです。

ブログに自分の悩みや迷いを書くというのは、この「受刑者が子供たちの前で講演すること」に近いような気がします。
「家族や知人に相談すればいいのに」というけれど、「自分に対して先入観を持っていない人」だからこそ話しやすい場合って、けっこうあるんですよね。彼女は、「書いたこと」によって、少しは癒されていたのではないかなあ。本当に書くのが辛いことばかりだったら、途中で書くことそのものをやめてしまっていたと思うし。

ただ、ブログで、「癒される」というのは、ちょっと危険な側面があるのも事実です。
鴻上尚史さんが、『孤独と不安のレッスン』という本のなかで、こんなことを書かれています。

「インターネットの一番の問題点は何だか、鴻上さんは知っていますか?」と、僕の芝居に来たお客さんが見終わった後、アンケートに書いてくれたことがありました。
「熱中して学校に行かなくなるとか、仕事がおろそかになるとか、夫婦関係が崩壊するとかじゃないんです。そんなことは、二次的なことです。一番の問題点は、『簡単になぐさめられること』なんです」

 本当は、誰か生身の人間が「体温を感じられるくらいの距離」にいて、黙って話を聴いてくれるのが、いちばん良いことなのだと思います。
 ブログを書いている人と読んでいる人の関係というのは、「なぐさめられる」のも「傷つけられる」のも「簡単すぎる」面があるし、精神的に追い詰められている人にとっては、周囲からみれば「このくらい『有名税』なはずの罵声」も、凶器になるので。
 でも、現実で「黙って話を聴いてくれる人」って、なかなかいないですよね。
 いくら「友だち」でも、「病んでいる人」から毎日のように電話がかかってきて、何時間も苦痛を訴えられるのを受け止められる人って、そうそういるもんじゃないですよ実際。

 僕は、ブログによって癒され、救われている人って、けっこういるのではないかな、と考えています。
 というか、こうしてこの文章を読んでくれている人がいるだけで、僕は僕なりにちょっとだけ「癒されて」いるのです。
 ただ、精神科医による専門的な治療が必要なレベルでは、「ブログに書くこと」は、あまり「救い」にはならないのですよね。
 「じゃあ、どこからが『精神科を受診するべきレベル』なのか?」というのは、それはそれで難しいのですが、「希死念慮」(とにかく死にたい、死ぬしかない、という気持ち)が湧き上がってくる場合は、間違いなく「ブログを書くことでは救いようがない」レベルでしょう。

 でもね、「自分が悩んでいることを書くこと」って、「死にたい」という状況でなければ、けっこう良い手段だと思います。
 書いているうちに、自分が抱えている問題を第三者的に俯瞰することができるし、「時間を稼ぐ」だけでどうでも良くなってしまう問題って、けっして少なくないので。

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