琥珀色の戯言

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旅行者の朝食 ☆☆☆☆☆


旅行者の朝食 (文春文庫)

旅行者の朝食 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
「ツバキ姫」との異名をとる著者(水分なしでもパサパサのサンドイッチをあっという間に食べられるという特技のために)が、古今東西、おもにロシアのヘンテコな食べ物について薀蓄を傾けるグルメ・エッセイ集。「生きるために食べるのではなく、食べるためにこそ生きる」をモットーに美味珍味を探索する。

 『旅行者の朝食』という題名を書店で見かけて、「なんでこんなありきたりの題名をつけたんだろうなあ」と思いつつ購入。
 ところが、この『旅行者の朝食』という題名の理由も、この本を読むとよくわかるようになっています。
 正直、そんなに期待して読み始めたわけではなかったのですが、「食」とくにヨーロッパの食と食文化に興味がある人、あるいは、単に「食べることが好き」か「米原万里さんが好き」という方にはぜひおすすめしたいエッセイです。
 「ロシアの食べ物」について、ボルシチとカレーパンみたいなやつ(ピロシキ)しか知らなかった僕にとっては、はじめて知るような面白いエピソード満載。
 いま世界中で食べられているジャガイモは、外見の気持ち悪さからなかなかヨーロッパでは受け入れられず、とくにロシアでは(味が薄く、食べるのに調味料を必要としたこともあり)、ピョートル大帝が無理矢理農民に作らせてもなかなか根付かなかったという話や、現在の「フランス料理のサービス」(温かいものは温かく、冷たいものは冷たく、一品ずつ料理を出していくスタイル)は、もともと「ロシア式サービス」で、本来のフランス式のサービスは、とにかくお客の目の前に一度にたくさんの料理を並べて豪勢にみせるものだった、というような話など、いままで僕が知らないことばかりでした。
 そして、「食」を通じてロシアの人たちのものの考えかたや生きざまも見えてきます。
 日本にとっては、冷戦時代の名残りもあってか、「みんなKGBなんじゃないか?」などと思い込んでしまうくらい遠い国のロシアなのですが、こんなふうに「食」についての話を聞くと、「ああ、ロシア人も日本人も、食べることへの情熱は同じなんだな」と、すごく親しみを感じられるんですよね。

 僕がこのエッセイ集のなかでいちばん印象に残ったのは、「ハルヴァ」というお菓子の話でした。

 蓋を開けると、ベージュ色のペースト状のものが詰まっていた。イーラ(小学校時代の米原さんの友達のロシア人の女の子)は、紅茶用の小さなスプーンでこそげるように掬うと、差し出した。
「やっと手に入ったの。一人一口ずつよ」
 こちらが口に含んだのを見てたずねる。
「どう、美味しい?」
 美味しいなんてもんじゃない。こんなうまいお菓子、生まれて初めてだ。たしかにトルコ蜜飴の百倍美味しいが、作り方は同じみたいな気がする。初めてなのに、たまらなく懐かしい。噛み砕くほどにいろいろなナッツや蜜や神秘的な香辛料の味がわき出てきて混じり合う。こういうのを国際的に通用する美味しさというのか、十五カ国ほどの国々からやって来た同級生たちによって、青い缶は一瞬にして空っぽにされた。
 たった一口だけ。それだけでわたしはハルヴァに魅了された。ああ、ハルヴァが食べたい。心ゆくまでハルヴァを食べたい。それに、妹や母や父に食べさせたいと思った。ハルヴァの美味しさをどんなに言葉を尽くして説明しても分かってもらえないのだ。

 しかしながら、この「ハルヴァ」なかなか手に入らないお菓子なのです。
 この数十年後に一度だけ米原さんはハルヴァと再会するのですが、その味は、大人になった米原さんにとってもやはり「絶品」だったそうです。
 ああ、僕もこれを食べたい、ぜひ一度食べてみたい。
 世の中にこんなお菓子があるのだ、ということを知っただけでも、僕にとっては素晴らしい本でした。

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