琥珀色の戯言

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ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない ☆☆☆


ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない

ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない

内容紹介
母の死をきっかけに一念発起、中卒ニートの俺が就職したのは超ダメダメなIT企業――まさに現代の「蟹工船」、史上最強の青春スレッド文学、満を持して刊行!

 新潮社が「『電車男』の夢よもう一度!」とばかりに、かなり気合を入れて売ろうとしている本のようです。近所の書店でもかなり大々的にディスプレイされていたり、平積みになっているところが多かったですし。
 確かに、読んでみると「IT系ブラック会社」のハードな勤務状況や歪んだ人間関係、そして、「平成の孔明」こと理想の上司・藤田さんなどけっこう面白いのですけど、正直、「ああ、いい話だなあ」という以上の感動はありませんでした。読めば読むほど「『電車男』っていうのは、ひとつの『歴史的作品』だったのだなあ」と考えずにはいられなかったんですよね。

 主人公である「マ男」が語っている話の内容は、むしろ、「電車男」よりリアリティもあるし、読み物としても「よくできている」と思うんですよ。まあ、すべてが事実ではないとしても。
 でもね、この本を読んでいると、『電車男』があんなに盛り上がったのは、「電車男」の話が面白かったからというより、スレ住人たちのリアクションの素晴らしさのおかげだったのだな、ということがよくわかります。
 この『ブラック会社』は、「マ男」の話がメインで、スレ住人たちは、あくまでも相槌と入れたり、軽く突っ込んだりという程度の「観客」にすぎません。
 『電車男』の場合、読んでいると、あのスレッドを読んでいる「モテない男たち」の息遣いが聞こえてくるような錯覚に陥ることがあったんですよね。僕は電車の恋が成就したことにはあまり感動しなかったけれど、電車の気持ちがエルメスに伝わったときの、スレ住人たちの祝福のAA(アスキーアート)の乱舞には、読んでいて思わず涙がこぼれました。
 世の中には、まだまだこんなに「無銘の善意」が溢れているのか、と。
 電車がエルメスとうまくいっても、スレ住人たちの人生には、何一つ影響なんてないはずなのに。
 
 たぶん、この両者を分けたのは、担当した編集者の「編集力」の違いなのではないかと思われます。
 『電車男』の担当者は「スレ住人の一見無意味そうなリアクションこそが『スレッド文学』の本質なのだ」と気づいていたけれど、この『ブラック会社』の場合は、基本的に「マ男の話」を追っていくばかりです。
 「わざわざ(編集して)書籍にする意味があるのだろうか?」と感じさせてしまうようでは、書籍化する意味は乏しいのではないかなあ。

 けっして「つまらない」本ではないのですが、なんかこう、「書いている人が中途半端に玄人っぽい」ところもあり、これを「現代の『蟹工船』」として売るのは、『蟹工船』を安売りしすぎなのではないかと思われます。
 個人的には、「文庫なら(買っても)いいかな」という印象でした。

 僕は『電車男』を読んだとき、「これが黎明期の代表作で、これからもっと『スレッド文学』は進化していくはず」だと考えていたんですよ。でも、最近は、「あれが『スレッド文学』の完成形」だったのではないかと感じています。『電車男』が大成功したために、作者にもスレ住人にも、ちょとした「色気」みたいなものが出てしまったところがあるのでしょうし。


電車男 (新潮文庫)

電車男 (新潮文庫)

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