- 作者: 東野圭吾
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1998/03/13
- メディア: 文庫
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内容(「BOOK」データベースより)
親友の恋人を手に入れるために、俺はいったい何をしたのだろうか。「本当の過去」を取り戻すため、「記憶」と「真実」のはざまを辿る敦賀崇史。錯綜する世界の向こうに潜む闇、一つの疑問が、さらなる謎を生む。精緻な伏線、意表をつく展開、ついに解き明かされる驚愕の真実とは!?傑作長編ミステリー。
旅行中に飛行機の中で読了。
昨日のエントリでも書いたのですが、僕はこういう「記憶」の変容を利用した作品は「ご都合主義」に思えてあまり好きじゃなんです。この小説に関しても、トリックに関しては「そんなにうまくいくもんじゃないだろ……」としか感じられませんでしたし。
ただ、この小説の魅力は、「謎解き」じゃあないんですよね実際は。
この小説を読んで僕がもっとも感じたのは、「恋愛感情というものの残酷さ、理不尽さ」なんですよね。
津野麻由子に「ずっと前から電車で何度もすれ違って惹かれていた」敦賀崇史。しかしながら、彼女に直接声をかける機会に恵まれることはありませんでした。
ところが、いままで女性にモテた話を聞いたことがない親友・三輪智彦が「彼女」として紹介してくれた女性が、その麻由子だった……
智彦には軽い足の障害があり、これまでは、その障害のことを意識せずに付き合いを続けてきた崇史なのですが、麻由子への気持ちが高まるあまり、親友に対しても「あんな障害を持ったやつより俺のほうが……」というような暗い感情がわきあがってくるのを抑えられなくなり、そして……
僕はこれを読みながら、「崇史、気持ちはわかるが大人なんだからお前が引くしかないだろこれは」と何度も思いましたし、その一方で、こういう「押さえられない感情」で壊れる友情というのはたくさんあるのだろうな、とも感じました。
そして、この物語をイビツに、かつ印象的にしているのは、「智彦は軽いハンディキャップを背負っている」ということなんですよね。ありきたりの「恋愛ドラマ」であれば、「親友をとるか、好きな異性を選ぶか」という比較的シンプルな「選択」になるのですが、この物語のなかで崇史は、「相手にはハンディがあるんだから自分に有利なはず」「でも、そのことに自分が優越感を持ち、親友を見下し、彼女を奪おうとしてしまうなんて」という「罪悪感」にさいなまれます。
この条件が加わることによって、「親友か、好きな女性か?」というだけではなく、「親友のハンディキャップに乗じるのは、人間として恥ずかしいことではないのか?」という「人としてのプライド」も問われてしまうんですよね。
この葛藤は、この小説のなかではあまり描かれておらず、すぐに迷いを捨てて麻由子にアタックしてしまう崇史はあまりにも利己的な人間すぎるのではないか、と僕は考えずにはいられなかったですし、そのことが、僕がこの物語にのめりこめなかった原因でもあるのですけど。
この作品で僕がいちばん印象に残ったのは、前掲した東野さんのオビの言葉でした。
なぜ、「今ではもう書けない」のか?
30代半ばくらいになれば、自分でも気づかないままに、こういう「それが人間として正しいのか?」というような自分への問いかけにリアリティが無くなってしまうから、ではないのかな、と僕は思います。
いまの僕くらいの年になれば、「そんなの、親友だって生活を共にするわけじゃないんだから、恋人を奪うのもアリだろ、『だって、好きなんだから』」と、けっこう簡単に自分に言い訳ができるようになるんですよね。ハンディキャップについても、「それはそれ、これはこれ、選ぶのは彼女なんだしさ。そんなこと気にするほうがかえって『差別的』なんじゃない?」とあっさり結論づけてしまいそう。
この小説の醍醐味は、「謎解き」ではなく、「若者らしい罪悪感と利己主義」を徹底的に描いたところにあるのではないかと。10代〜20代前半に読んでいれば、僕も共感できただろうし、泣いていたかもしれないけれど、いま読むと、けっこうその「青さ」が鼻につく小説ではあるのです。読んでいて、なんだかずっと自分の感性の「若さ」を試されているような気がしてしまいました。
この物語の結末は、美しく、そしてとても残酷。
彼らは、このあとどうやって生きていったのでしょうね……