琥珀色の戯言

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さよなら渓谷 ☆☆☆☆


さよなら渓谷

さよなら渓谷

出版社 / 著者からの内容紹介
どこまでも不幸になるためだけに、私たちは一緒にいなくちゃいけない……。

きっかけは隣家で起こった幼児殺人事件だった。その偶然が、どこにでもいそうな若夫婦が抱えるとてつもない秘密を暴き出す。取材に訪れた記者が探り当てた、 15年前の"ある事件"。長い歳月を経て、"被害者"と"加害者"を結びつけた残酷すぎる真実とは――。『悪人』を超える純度で、人の心に潜む「業」に迫った長編小説。

 『一個人』という雑誌の「読書特集」で、「本年度上半期のベスト1!」の呼び声が高かった作品だったので、それなりに期待して購入。
 この物語で語られる、「どこにでもいそうな若夫婦」を結びつけるきっかけとなった”ある事件”のことを書くとネタバレになってしまうのですが、なんというか、「世間」というのはすごく残酷なものだな、と僕は考えずにはいられませんでした。
 結局のところ、ワイドショーで面白おかしくとりあげられる「事件」というのは、当事者以外にとっては「好奇心を刺激されるネタ」以外の何者でもないし、加害者だけではなく、被害者もまた「差別」されてしまうのです。本当に理不尽な話だとは思うけど……
 そして、「体育会系の人間が集まったときのコミュニケーションの潤滑油としての性欲」についても、ものすごく率直に書かれている作品でした。
 僕はバリバリの「文科系非モテ」であり、ナンパとか合コンには縁のない人生を送ってきたし、運動部の集団レイプ事件には激しい憤りを感じるのですが、少なくとも体育会系の世界では、「剥き出しの性欲をアピールしないと、仲間に入れてもらえない」というコミュニティも存在しているように思われます。彼らが「その場の勢い」や「仲間はずれにならないために」女性を傷つけ、そして、彼ら自身をも傷つけてまうという行為は、「切実さ」がないだけに、なんだかとても虚しく、そして、どこにでも起こりうることのように感じられるんですよね。
 「集団で脅かして」はもちろんアウト。でも、「酔わせて、勢いでやっちゃった」は男同士では武勇伝。
 セックスって、ほんとに「どうしようもないもの」。
 僕は自分自身にそういう「性衝動」みたいなものが乏しいような気がするのだけれど、それはそれでまた少しコンプレックスだったりもするわけで。

 車が通るたびに、渡辺は話を切った。尾崎はただ白線だけを見て歩いていた。
「自分でもちょっと考えてみたんですよ。もし、好きになった女が、そんな事件に遭ってたとしたら、自分はどんな風に思うんだろうって。……普通、そんなヒドい目に遭った女なんだから、男として守ってあげなきゃって、思いますよね。俺もそうなると思います。だけど、もしかしたら、それってきれいごとなんじゃないですかね。……彼女の、水谷夏美さんの、その後の人生を調べているうちに、そんな風に思うようになっちゃって。あんな事件に遭った女と、ちゃんと向き合えるか。そんな目に遭った女を、そんな目に遭わなかった女と同じように見られるか。彼女の人生を思えば思うほど、自分でも自信がなくなっちゃって……。そんな目に遭ったのは彼女のほうなのに、ずっと考えてると、まるで自分がそんな目に遭ったような気がしてきて……、なんか、誰かに負けたような気がしてきて。でも、この誰かって誰なんすかね?」

 一度、なにかのレッテルを貼られてしまったら、人はもうそこから逃げ出せないのか?
 幸せになることはできないのか?
 誰だって「被害者」になる可能性はあるはずなのに……

 この小説には、ものすごく歪な「愛と憎悪」が描かれています。たぶん、現実の人生では、「ただひたすら避け続ける」しかないことが多いのだろうし、彼らはまだ「幸せ」なほうなのかもしれない。

 『悪人』に比べると、あまりに「ドラマチックすぎる」(言い換えれば、現実感が乏しい)小説ではありますが、「傷を抱えながら生きる」ということについて考えずにはいられない良質の小説だと思います。

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