琥珀色の戯言

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新宿駅最後の小さなお店ベルク ☆☆☆☆


新宿駅最後の小さなお店ベルク 個人店が生き残るには? (P-Vine BOOks)

新宿駅最後の小さなお店ベルク 個人店が生き残るには? (P-Vine BOOks)

内容紹介
ミシュランには載らない究極の大衆飲食店は、こうしてできた!! 新宿駅徒歩15秒!! 日本一の立地にあるインディーズ・カフェ「ベルク」。 「新宿」らしさを残しつつ、時代とともに変化し、サバイブしてきた店の歴史とチェーン店にはない創意工夫、ユニークな経営術が、この一冊で全てわかる。 個人店がどのように生き残るかのヒントも満載。 ・ 外食業コンサルタント押野見喜八郎による解説付き! ・ 久住昌之(『孤独のグルメ』原作)も推薦!

 この本、仕事で東京に行ったときに書店で見かけて購入したのですが、帰ってきて読みながら、「ああ、『ベルク』に行ってみればよかったなあ」と何度も思いました。地方の町では、「ひとりで入れる店」っていうのは限られていますし、ましてや、今の僕の住まいは吉野家すらない田舎なので、こういう店が生活圏にある東京の人たちがうらやましい。
 都心の超ど真ん中(新宿駅東口改札から徒歩15秒)にある15坪の個人店『ベルク』」の店長・井野さんが『ベルク』の歴史や店のこだわりを書かれたものなのですが、読んでいると、『ベルク』が成功した理由、そして、現在「個人店」というものが抱えている問題が伝わってきます。
 「チェーン店ばかりになって寂しい」と言いながら、チェーン店を「安心だから」と選んでいるのは、お客の側ですしね。

 スタバが上の階にきたときには、びっくりしました。その日から有名店ですもん。
 うちの何年間は何だったんだみたいな。宣伝やら何やら、大手はお金のかけ方が違います。お客様の方もその日からいきなり常連気取りです。そんな、いきなり!な魅力はうちも見習いたいですけどね。
 大手は引き際がまたいい。あかん、となればさっさと業態を変えます。場所を変えます。個人店にそんな根なし草的生き方は許されません。これからもベルクはこの地でじわじわと根をはって参ります。

 たぶん、「個人店」というのが急に日本中から姿を消す、ということはないと思うのですよ。個人店のうち8〜9割は、傍目でみると「儲かっているとは思えない」のだけど、「お客がいるように見えないけど、ずっとやっている店」っていうのもけっこうあるし。
 でも、確かに「オープン当日から有名店」であるチェーン店と比べると、「これから個人店を新しくオープンする」というのは、本当に厳しいのだと感じます。
 先日北海道旅行の際に、点在する「個人経営のこだわりカフェ」に何件か言ってみたのですが、率直に言うと、すべての店に対して「料理ができるのは遅いし、特別美味しいわけでもないし、値段も安いとはいえないし、北海道のこの場所じゃなかったら、あるいは、ガイドブックに紹介されていなかったら絶対商売にならないな」という印象を持ちました。ひとりだったら、絶対コンビニ弁当で済ませていたと思います。いやまあ、「それじゃ寂しい」のも事実なんだけど、結局のところ、大部分のお客にとっては、『個人店だから』っていうのは、言い訳にはならないんですよね。

 『ベルク』は、立地とタイミングとスタッフの「やりたいこと」がうまく一致した幸運な一例であり、『ベルク』は個人店にとっての「希望」というよりは、「ここまでやらないと生き残れないのか……」という「高すぎるハードル」のように感じられるのもまた事実。

 僕がこの本を読んで、いちばん考えさせられたのは、以下の部分でした。副店長の迫川尚子さんの述懐です。

 私(迫川)はベルクで土下座をしたことがあります。まだ店を始めたばかりで、いま思えば接客に慣れていなかった。接客くらいできるとカンチガイしていたころ、ともいえます。
 少し変わった感じの男性のお客様。一見、ホームレスのような雰囲気。衣服は汚れていて、少し臭いも。ベルクはセルフサービスなので、レジで注文してお金をいただければ、あとはどうぞご自由に、の世界です。ただ、何時間も席をひとり占めされるのはさすがにきつい。狭い店で席数に限りがありますから。その方も座られてから結構時間が経っていたので、立ち飲みカウンターに移動をお願いしました。そのときはおとなしく従ってくださったのですが、少しして急に暴れ出しました。一人でしゃべり出したので、そばにいくと、Tシャツをギューッとつかんで離してくれません。何をいっているのか、よくわかりません。
 お客様がお巡りさんを呼んできてくれました。座り込んでしまい、話を聞くと、どうやら移動させられたのが嫌だったらしい。足が痛かったのです。お巡りさんも店の事情を察して、その方を説得してくれました。でも聞き入れてくれません。さあ困った。
 ただふと、この人は自分が移動させられたことでプライドを傷つけられたのだと思いました。外見に関係なく、どんな方でも長居されていたら、次のお客様にお席を譲っていただくようお願いします。その人にだけ言ったつもりはないのですが、自分だけ……とひがんでしまったのかもしれません。そういうことに敏感になっていたのかもしれません。何かがすーっとふにおちました。とにかくこの人の気分をそこねたことを素直に謝ろうと思いました。
 お互いにもうしゃがみこんで話していたので、その流れでというのもありますが、土下座して謝りました。お巡りさんもそのお客様もびっくりしていました。さすがにお巡りさんが「ここまでしてくれているのだから」と。その人も急に「いやわかってもらえれば」と。生まれてはじめての土下座でした。でも私の中で何かが変わった瞬間でした。腹が据わったというか。

 僕はこの迫川さんの話を読んで、「いくら店員と客の関係でも、サービス業でも、こんな理不尽な『土下座』なんて、やるべきじゃないだろ!」と感じましたし、それと同時に「サービス業で生きていくことの厳しさ」みたいなものを思い知らされました。
 この事例の場合、どう考えても店側のほうに理がありますよね。「足が痛い」のは不憫だけれども、だからといって、『ベルク』には、この人にずっと席を提供してあげる義務はないわけだし。
 迫川さんは、この話について、土下座が正しかったとも間違っていたとも書かれていません。
 ただ、これで「腹が据わった」と仰っておられるだけです。

 僕だったらどうするだろう? 店と客の関係っていうのは、何なのだろう?
 そんなことをものすごく考えさせられたエピソードです。

 『ベルク』を実際に知っていれば、より面白く読めた本だと思いますが、『ベルク』の存在すら知らなくても、「人間が『店』をやること」に興味がある人、あるいは「サービス業」というものについて悩んでいる人にとっては、ありきたりな「経営ノウハウ本」「接客教本」より、役立つ本なのではないかと。


最後に『ベルク』の常連のid:izumi_yu_kiさんが『ベルク』について書かれたものを御紹介しておきます。
参考リンク:無風の構内で無心に酒を飲む(AFTER DINNER trois(2008/9/28))

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