琥珀色の戯言

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ガセネッタ&シモネッタ ☆☆☆☆


ガセネッタ&(と)シモネッタ (文春文庫)

ガセネッタ&(と)シモネッタ (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
国際会議に欠かせない同時通訳。誤訳は致命的な結果を引き起こすこともあり、通訳のストレスたるや想像を絶する…ゆえに、ダジャレや下ネタが大好きな人種なのである、というのが本書の大前提。「シツラクエン」や「フンドシ」にまつわるジョークはいかに訳すべきかをはじめ、抱腹絶倒な通訳稼業の舞台裏を暴いたエッセイ集。

米原万里さんのエッセイを読むたびに、「米原さんが存命のうちに、もっと著作を読んでおけばよかったな……」と考えずにはいられません。もちろん、亡くなられたあとに読んでもすばらしい作品だからなのですが。

このエッセイ集では、「通訳」という仕事の面白さと難しさを中心に、ちょっと内容的には堅めの対談なども収められています。
個人的には、『旅行者の朝食』のほうが好きなのですけど、「日本とロシアの文化」について興味がある人は『旅行者の朝食』を、「通訳」という仕事や「ことば」について興味がある人はこちらから読んでいただければ良いのではないかと。

それにしても、「通訳」とくに「同時通訳」って、こんなにハードで専門性の高い仕事だったんですね。

わたしなどのところにも
「どうしたら同時通訳になれるか」
 という問い合わせがしばしばある。
 そんなとき、次のように答えるようにしている。
 この職業には向き不向きがある。時間のストレスに耐えられる図太い神経系と頑丈な心臓。一般に平時の心拍数は60〜70、重量挙げの選手がバーベルを持ち上げる瞬間、それが140まで上がるといわれているが、同時通訳者は、作業中の10分なら10分、20分なら20分ずーっと心拍数は160を記録し続けるのだから。
 それから、完璧主義者には向かない。時間的制約ゆえに最高最良の訳の代わりに次善の訳で我慢する妥協の精神が必要。「尿」という単語が出てこなかったら、黙り込むよりも「小便」「オシッコ」あるいは「液体排泄物」と言ってしまう機転といささかの男気が求められる。

ちなみに、米原さんは、同時通訳の「日当」について、こんなふうに仰っておられます。

同時通訳者の日当は1日12万円なんです、7時間以内で。半日すなわち3時間以内で8万円です。国際通訳者連盟(AICC)というギルドがありまして、通訳条件の基準をつくっている。通訳をする相手が誰であろうと、つまり身分や貧富の差などまったく関係がないんですね。あらゆる顧客を平等に扱う。ちょっと排他的な組織で、自分たちの権益を守らないといけないから新参者を排除するんです。それが気に入らなくて、わたしは入らないんですけど。

日当120,000円ですよ!
でも、この本を読んでみると、その日当も妥当なものだと感じられてくるのです。
他国の言語を、責任を持って、リアルタイムで訳していくというのは本当にすごいストレスがかかること。
同じ「通訳」でも、「同時通訳」というのは、単に「言葉を知っていればできる」というものではなく、まさに「別次元の世界」。

「ことば」に興味がある人には、ぜひおすすめしたいエッセイです。

最後に、このエッセイのなかで、いちばん僕の印象に残ったところを御紹介しておきます。
劇作家・永井愛さんとの対談での米原さんの発言。

ロストロポービッチというロシアのチェロ奏者はかつて記者会見で、「子供たちが美しい音楽を聴き分けられるようにするためにはどんな教育をしたらいいのか」と質問されてこう答えたんです。「音楽においては美しい音も汚い音もない。大切なのは伝えたいメッセージを最も的確に伝えられる音だ。そのメッセージにふさわしい音、それがいい音だ」と。まさに言葉もそうで、言葉にとっていちばん大事なことは、美しいことよりも、最も的確に伝えたいメッセージを表しているかどうかです。この通訳をしながらわたしはそう思いました。

このロストロポービッチさんの言葉、文章を書く人間として、僕も感銘を受けました(それを生かせるかどうかはさておき)。


旅行者の朝食 (文春文庫)

旅行者の朝食 (文春文庫)

↑のエッセイもオススメです。

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