琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

おくりびと ☆☆☆☆☆


『おくりびと』公式サイト

あらすじ: 楽団の解散でチェロ奏者の夢をあきらめ、故郷の山形に帰ってきた大悟(本木雅弘)は好条件の求人広告を見つける。面接に向かうと社長の佐々木(山崎努)に即採用されるが、業務内容は遺体を棺に収める仕事。当初は戸惑っていた大悟だったが、さまざまな境遇の別れと向き合ううちに、納棺師の仕事に誇りを見いだしてゆく。(シネマトゥデイ

日曜日のレイトショーで鑑賞。観客数は20〜30人。公開されたのが9月13日ということを考えればかなりの盛況だと思います。
内心、「地味な映画だし、僕ひとりなんてことはないよね……」と不安だったのですが、口コミでかなり人が来ているみたい。

この映画、とくにストーリーが素晴らしいというわけでもなく(というか、あるいみ「ベタベタ」です。いやまあ、主人公のお父さんについては、僕の予想とは違っていて逆にホッとしたのですけど)、ものすごく派手な映像があるわけでも、感動の場面が繰り広げられるわけでもありません。
でも、僕はこの映画、すごく好きだし、ひとりでも多くの人に観てもらいたいと感じたのです。

チェロ奏者としての夢が破れて田舎に帰ってきた主人公は、「生きるための手段」として納棺師として就職します。
御遺体はけっして「気持ちのいい」ものばかりではありませんし、周囲からは「あんな仕事をするなんて!」と蔑まれ、これまで黙って彼についてきた妻も「この仕事だけはやめて!」と懇願してきます。
それでも彼は、納棺師という「仕事」に誇りを持つようになり……

この映画の最大の見どころは、なんといっても、「納棺」という儀式の荘厳さと、いままでほとんど意識されることがなかった「納棺師」という仕事の技術的なすごさが観られるところ、なのではないかと思います。
公式サイトには、こんな記述があります。

大悟はプロのチェリストであり、プロの納棺師に成長していくという設定上、そこに妥協は許されない。そこで本木雅弘は撮影前からチェロと納棺技術の特訓を開始。撮影中も、山形ロケの際は宿泊するホテルの部屋に防音マットを張りめぐらせて毎晩2時間ほどチェロの指導を受け、また納棺に関しては彼のマネージャーやスタッフを実験台(?)に練習を重ね、現役納棺師の監査の下で腰痛と闘いながら技術を習得。 そうした努力の甲斐あって、チェロ演奏シーンはプロの目から見ても何の違和感もない見事な動きを披露。またエンド・タイトルでは、彼の納棺技術が1カット長廻しで捉えられているが、それはもはやイリュージョンの世界とも神業ともいえる美の極致であり、現に撮影中ずっと息を呑んで彼の所作を見つめ続けていたスタッフ全員は、監督の「カット」の声がかかるや、あたかもライブの観客のように熱い拍手を一斉に送った。

いやほんと、エンド・タイトルのあいだ、観客は誰一人席を立たずに本木さんの所作に見入っていましたし、僕は「スタッフロール邪魔だな……」とか考えていました。
この映画のすごさは、「納棺師」という仕事の物珍しさを前面に出すのではなく、全体的にコミカルな味付けをしながらも、「世の中には、こんな『プロの仕事』があるのだ」というのを、技術的な妥協をせずに見せていることだと思うのですよ。
正直、「お涙頂戴的なストーリー」、とくにラストは、「そんなに簡単に『乗り越えられる』ものなのだろうか?」と僕は考えずにはいられませんでしたし、どっちかというと、あまりに予定調和的で涙腺が活動停止してしまったくらいなんですが、この映画は「感動する」ための作品ではなくて、「納棺」という儀式と「納棺師」という仕事に圧倒されるための作品なのではないかと。

そして、この映画に説得力を持たせているのは、キャストの素晴らしさでした。
本木さんの凛とした佇まいも素晴らしかったのですが、NKコーポレーションの社長の山崎努さんは本当に良かったです。
まあ、山崎さんの凄さをいまさら語っても蛇足というものでしょうが、ものすごく人間くさくてしぶとくて、その一方で、強烈な厭世観とプロ意識を抱えている、あの「社長」の存在なくして、この映画は成り立たなかったと思います、「困ったことに」。
あと、広末涼子さんも好演でした。「ひと癖ある役者」たちが揃っているなか、「普通の人」としてこの映画を身近なものにしてくれたのは、年齢相応に「所帯じみてきた」広末さんの存在が大きかったのではないかと。微妙な表情の変化にも伝わってくるものがあったし。観ている途中は、「わかってくれない妻」に苛立ちも感じたのだけど、あれがごく一般的なリアクションというか、「黙って納棺師になった夫に対する妻の態度」だと思います。広末さんがいなかったら、「浮世離れした人たちの世界の物語」になってしまったような気がするし。いや、僕だったら広末さんのためなら納棺師辞めてもいいかな、とか感じましたが。

この映画を観ると、「納棺師」というのが、実はメイクアップをはじめとする美的センスや所作の美しさ、そして、葬儀という特殊な空気のなかで場の雰囲気を感じ、遺族のニーズを読むという「マネージメント能力」が必要とされる、高度な専門職であるということがよくわかります。本木さんもインタビューで仰っておられましたが、まさにオーケストラの指揮者のような存在。
「度胸さえあれば誰にでもできる」というものじゃない(もちろん、ある種の「度胸」は必要なのですが)。
「死に関する仕事」ということで忌まれがちな職業なのですが、そういうデリケートな場で「ちゃんとしてもらえるか」というのは、遺されたものたちにとっては、すごく大事なことなのです。

僕は火葬場の場面で、自分の親の棺が無造作に押し込まれたのを思い出して、なんだか悲しくて涙が出てきましたよ本当に。
この人たちに頼めればよかったのに、って映画を観ながら悔しかった。
あの棺が押し込まれるときの「ガン!」という音は、いまでも忘れられない。

実際はそんなに美しい御遺体ばかりではないし、臭いが気になることもあるだろうし、いつ呼び出されても文句言えないし、「綺麗事ばかりではない」面もたくさんあるはずです。「死」にかかわりたくないように、「死に身近にかかわっている人」にかかわりたくない、という気持ちもわかる。
でも、この映画を観ていると、「それでも、この仕事にプライドを持っている人たちがたくさんいる」という理由の一端を知ることができます。
僕は、納棺師だからという理由で過剰に尊敬されたり、軽蔑されたりする必要はないと思います。
ただ、「プライドを持ってキチンと仕事をしている納棺師」は、プロとしての敬意を払われるべきです。

すべての納棺師が「お金のために嫌々やっている」わけではない、ということを知るだけでも、本当に目から鱗が落ちるし、その他の「嫌々やっていると思われがちな仕事」に関しても、興味を持つきっかけになる作品。
ぜひ、一人でも多くの人に観ていただきたいです。


最後にひとつ僕からのお願い。
病院では、看護師たちが日常業務として、亡くなられた患者さんが帰られる前に、御遺体を綺麗にしています。けっして良いとはいえない労働条件のなかで。
この映画を観たら、彼らのことも少しだけでいいから、考えてみてあげてくださいね。

参考リンク:『おくりびと』本木雅弘単独インタビュー(Yahoo!映画)

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