琥珀色の戯言

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フルタイムライフ ☆☆☆


フルタイムライフ (河出文庫)

フルタイムライフ (河出文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
喜多川春子22歳。美術系の大学を卒業し、思いがけず包装機器会社の事務職についた―。『きょうのできごと』の著者が四季を通して、細やかに綴った新入社員の10ヶ月。

僕は柴崎友香さんの小説、けっこう好きなんですよね。「なにげないことを繊細になにげなく書く」ということにこだわっている柴崎さんの作品は、「ああ、そういえば僕もこんなこと考えてたなあ」という記憶の引き出しを開けるきっかけになってくれることが多いですし。
この『フルタイムライフ』は、「OL1年生」の物語なので、残念ながら僕の経験と照らしあわせることはできないのですが、「世間のOLさんというのは、こんなことを考えながら仕事をして、少しずつ成長していくんだなあ」というようなことがわかった気になる作品です。
ただ、なんとなく「物足りなさ」を感じたのも事実ではありました。

 携帯用の小さな爪切りで、だんだんとひびが広がっていた右手の中指の爪の端を切り取り、それから口紅を塗り直して化粧ポーチのファスナーを閉めた。それで一息つくと、なんとなく体が重いような気がして、隣の壁にもたれた。背中には、硬さがあったそれからしばらくしてスチールの冷たさが伝わってきた。以前はどこか違う場所で使われていたのか、長さが合っていないうえに日に焼けて色が褪せたカーテンに覆われた窓を見ると、外はとてもいい天気のようで、黄色い光が透けて映っていた。朝から何度も確認した今日の日付をまた思い返して、失恋して一か月経ったことを再確認し、思ったよりも深く落ち込んでるなあ、と思った。

こういうかなり詳細な心理・情景描写が延々と続いていく小説なんですよね、これ。
結局、主人公・春子の「ゆるやかな成長と成熟」は感じ取れるけれども、僕は220ページあまりを読み終えたあと、「だから何?」って言いたくもなったのです。

この作品の「解説」の冒頭で、山崎ナオコーラさんが、こんなふうに書かれています。

 傑作だなあ、と思った。

 会社を否定しない。
 美大のデザイン科を出て、機械の会社に入社し、やりたい仕事ではない事務職に就いて一年目、恋も上手くいかない日々。
 それでも、会社を否定しない。そこが面白いと思う。
 会社、というか、もっと大きく言えば、社会だとか、世界だとかを、駄目って言わない。主人公は、会社での生活を、好きって思っている。
 納得できない状況のことを、納得しないまま書ける。肯定できない事柄を、否定しないで描くことができる。柴崎友香は力強い。

この山崎さんの「評価」は、まさに、この作品の魅力を十分に言葉にされていると思います。うん、確かにこれはそういう小説だ。
読み終えて、「ああ、これでいいんじゃないかな」って感じる人も多いはず。

でも、僕が「物足りなさ」を感じるのもまさにこの点に関してで、一言でいえば、「僕はそんな『シンプルな自己肯定感』を小説に求めていない」のですよね。
こう言っては身も蓋もないかもしれないけど、「それなら、よしながふみのマンガを読んだほうがいいんじゃない?」(いや、よしながさんの「自己肯定感」は「シンプル」じゃないとは思うけど)とか考えてしまうのです。
日頃それなりにいろんな本を読んでいる人にとっての「箸休め」としては優れているのかもしれないけど、「月に1冊しか(1冊も、なのか?)本を読まない人」は、もうちょっと冒険心あふれるというか、「いまの自分をぶち壊したり、忘れさせてくれるような本」を読みたいのではないかなあ。「肯定できない事柄を、否定しないで描くことができる」というのは、プロからみたら「すごいこと」だろうけど、その技術的なすごさが、読者にとっての「面白さ」につながっているかはやや疑問です。
まあ、いま「純文学」を読む人っていうのは、「小説マニア」くらいなのだろうけど。

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