琥珀色の戯言

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アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない ☆☆☆☆☆


アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない (Bunshun Paperbacks)

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない (Bunshun Paperbacks)

内容説明
暴走する宗教、デタラメな戦争、広がる経済格差。腐った政治にウソだらけのメディア…。こんなアメリカを誰が救えるのか? 『週刊現代』の連載コラムに『論座』『サイゾー』等掲載記事、および書き下ろしを加えて書籍化。

なんというか、とにかく「凄い本」です。
町山さんの筆力はもちろんなのですが、この本の凄さというのは、「現在のアメリカ」という「ありえない国」がそのまま描かれていることに尽きると思います。
マンガで描くにしても、もうちょっとリアルにするだろ……と言いたくなるような「現実」があの国にはあるのです。
あまりにドラマチックというか「ウソみたい……というか、ウソであってほしい」。

バイブルベルト」とはアメリカ南部から西部にかけて広がるキリスト教信仰の篤い地域。ペローシ(ドキュメンタリー映画作家)はトヨタのハンドルを握ってアメリカを横断し、アメリカンな教会の数々を訪問する。車から降りずに礼拝ができる「ドライブスルー教会」、ハンバーガー屋の駐車場にチューンナップしたアメ車が集まる「ホットロッド教会」、二つに分かれた紅海やゴルゴダの丘でパターを決める「ミニチュア・ゴルフ教会」、「カウボーイ教会」、「スケボー教会」。ディズニーワールドの近所には聖書遊園地「ホーリーランド」がある。
 伝道師もアメリカンだ。「キリストをパーティに呼ぼう。水をワインに変えてくれるよ」とつまらんアメリカンジョークが売りの「コメディアン伝道師」、逆エビ固めを受けながら「キリストが十字架にかけられた痛みに比べればこんなもの!」と叫ぶ「プロレス伝道師」、「ハートブレイクは神が癒すぜ」と歌う「エルヴィスそっくり伝道師」。
 笑ってばかりいられない。バイブルベルトのフリーウェイ沿いには、こんなメッセージを書いた看板が並んでいる。
「聖書以外を信じるな」
「進化論は悪魔の嘘」
「中絶は殺人」
「ゲイは地獄に行く」
 バイブルベルトには、「福音派」が多く住む。彼らは'80年代以降、急激に政治活動に右傾化し、穏健な地元教会を捨て、TV伝道師の下に統合されていった。3000万の信者を抱えるNAE(全米福音派教会)は、コロラドに2万人収容のメガチャーチ(巨大教会)を持ち、バンドやレーザー光線を駆使したその礼拝はロック・コンサートそのもの。「ゲイは聖書に反する行為だ」と説くNAEの総帥テッド・ハガード牧師は「聖書に従う者の性生活は最高ですよ」と胸を張る。
 福音派は自分の子どもを通常の学校に行かせない。科学を教えられたくないからだ。代わりに福音派だけの大学を作り、聖書に基づく教育システムを作っている。
「この大学の目的はアメリカをキリスト教徒の手に取り戻す戦争の兵隊を養成することだ」福音派大学の創始者ジェフリー・フォルウェル牧師はそう語る。「我々福音派は全米の人口の3分の1ほどだが、この国を動かしている」。彼らはバイブルベルトの州では多数派で、78%が投票に行く。「議会を共和党に支配させ、ブッシュを大統領にしたのは我々だ。その力を次はヒラリーに思い知らせてやる」フォルウェルは胸を張る。

ああ、「自由の国」アメリカ!!
この本を読むと「世界の盟主」であるこの国の「歪み」に唖然とさせられるばかりです。
子ブッシュが大統領になれた最大の決め手は「人間性」や「政策」ではなく、この「福音派」の支持を得られたから、なんですよね。

でも、よく考えてみると、僕はアメリカの「悲惨さ」を笑えない。
いまの日本の政治というのは、確実に「アメリカの後追い」をしているように思えるし、日本で起こった異常な事件(池田小学校や秋葉原での事件や「監禁王子」、オウムの地下鉄サリン事件など)をピックアップしていけば諸外国からみると「異様な世界」だと感じられるに違いないから。
そして、こういう国の政策を「アメリカがやっているから」というだけで真似しようとしているのは、なんとバカバカしいことか……

ただ、この本で町山さんは「アメリカの負の部分」を紹介するだけでなく、「それでも勇気を持って自分の身の危険をかえりみずにアメリカを、世界を良くしようとする人々」の姿も描いています。
ホワイトハウス記者クラブの晩餐会で痛烈なブッシュ批判を繰り広げた、キャスターのスティーブン・コルベア、世間のバッシングに負けずに信念を貫いたディクシー・チックス、FOXに反旗を翻したアニメ『シンブソンズ』の制作スタッフ……

町山さんは、先の大統領選挙でオバマさんに敗れた共和党のジョン・マケイン上院議員のこんなエピソードを紹介されています。
マケイン上院議員がベトナム戦争に従軍したときのエピソード。

 1967年10月、23回目の爆撃行でマケインはミサイルに撃ち落とされた。アメリカの新聞は「提督(マケイン上院議員の祖父、父はともに海軍提督で太平洋戦争の英雄)の長男、撃墜」と報じた。母も妻も彼の死を覚悟したが、マケインは生きていた。死にそうだったが。脱出時のショックで両腕と片足膝を骨折し、さらにベトナム兵に銃床で肩を砕かれ、銃剣で足を刺され、手当てされずに捕虜収容所に数日放置されていたのだ。
 ベトナム軍はマケインの父が敵の提督、それも太平洋方面司令官だと知るとあわてて治療を施した。交渉に使う人質とするためだ。ベトナム軍はさっそく有利な条件を得て、マケインを捕虜交換で返そうとした。しかし彼は拒否した。提督の息子ということで他の捕虜より先に帰ることはできないと。結局、彼は5年半、囚われの身になる。
 次にベトナム軍はプロパガンダのためにマケインにアメリカの行為を懺悔させようとした。連日拷問が続いた。傷の癒えぬ腕を後ろ手に縛り上げて吊り下げるのだ、食事には小石が混ぜられ、彼は歯を4本失った。マケインもついに挫け、懺悔のテープが録られた。父を裏切った自分に絶望して首吊り自殺を図ったが助けられた。
 1973年、アメリカはベトナムに敗北し、マケインは釈放されたが、36歳の彼の髪は真っ白になり、膝や腕にも一生不自由が残った。戦場に戻れなくなった彼は広報官となり、政治家への道を歩み出す。
 しかしマケインはベトナムを恨んでいなかった。「友人になれば男同士が憎みあったのは悲劇だ」と言う彼は、'90年代、上院議員としてベトナムとアメリカの架け橋となり、国交を正常化させた。ブッシュ政権によるテロ容疑者への拷問にも、拷問の経験者として激しく反対した。
 ブッシュも戦争の英雄の息子だが、親のコネで州兵になってベトナムの兵役を忌避した。そのくせに'00年の予備選でぶつかったマケインに対して「ベトナムの拷問で精神異常になった」とデマを流した。

 マケイン上院議員は、今回の大統領選挙でも、「オバマ氏に人種差別的な攻撃をしない」というポリシーを貫いて選挙運動を行っていたそうです。僕は「オバマさんの負け役」としてしか、このマケインさんのことを意識していなかったのだけれども、もし2000年、せめて2004年の大統領がマケインさんであったら、世界はもう少しマシになっていたのではないかと考えずにはいられません。
 それと同時に「民衆」というのは、どうしてこんなふうに「間違って」しまうのだろう……と暗澹たる気分になりました。
 いや、僕もイラク攻撃を「親分のアメリカに逆らうわけにはいかないしねえ……」と容認し、「自民党をぶっこわす!」という小泉さんの熱気に押されて、あの選挙で自民党に投票した人間なのですよね……
 いまから考えると、なんで郵政を「民営化」する必要があるのかなんて理解できないまま、「旧態依然とした政治家どもに一泡吹かせてやる」というようなことしか考えずに投票してしまった自分が情けない(まあ、あれはあれで、政治家たちにとってはひとつの「苦い経験」にはなったとは思うのですが)。

 この本には、「現代のアメリカの病」がぎっしり詰まっています。
 読んでいると、「まだ日本のほうがマシだな」と、ちょっとした優越感に浸ってみたりもできるのです。
 しかしながら、日本には、町山さんが紹介してくれたような「この国を良くするために自分の危険も顧みずに闘う人」は、そんなにいないような気がするんですよね。

 「ニューヨークがどこにあるのか知らないアメリカ人」を、「アメリカで実際に何が起こっているかを知らないで、アメリカの真似だけしていればいいと思いこんでいる日本人」が笑う資格があるのか?

 とても読みやすくて面白い(そして、噛み締めるとほろ苦い)エッセイです。
 「アメリカ」と「現在の日本」のことを知りたい人々に、ぜひオススメしたい一冊。

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