琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

すごい本屋! ☆☆☆☆


すごい本屋!

すごい本屋!

内容(「BOOK」データベースより)
「うちの村にも、本屋があったらええんやけど…」そんな村の人たちの声に応えてできた山奥の本屋さん。まわりにはほかにお店がないので、お味噌や洗剤も売っています。村の子どもたちに本の世界を知ってほしいと、今日も絵本をかついで読み聞かせに走り、楽しいイベントを企画します。「かいけつゾロリ」の原ゆたかさんをイノシシと出迎え、昆虫少年と今森光彦さんをお宮の森で対面させる…。子どもたちの目が輝きだしたら、大人も動き出す。本屋さんほど素敵な商売はない。

参考リンク:『イハラ・ハートショップ』のサイト

参考リンク:人口100人の集落に佇む書店 イハラ・ハートショップ
↑の記事を読んでいただくと、「イハラ・ハートショップ」の雰囲気がつかめるのではないかと思います。


現在は「町の本屋さん」にとって、まさに極寒の時代なのですが、そんななか、和歌山県の山奥で地域に密着しながら営業を続けている小さな書店。
「イハラ・ハートショップ」は、「書店」でありながら、生活雑貨も一緒に取り扱っている、「町のよろず屋さん」でもあるのです。

 ここは、紀伊半島のほぼ中央部に位置する和歌山県の、日高郡日高川町(旧美山村)。私はその山奥で、わずか20坪ほどの小さな本屋、イハラ・ハートショップの店長をしています。本屋なのに、名前はイハラ・ハートショップ。なぜ? と思われるでしょうか。
 じつは、この名前がついた理由は簡単でした。私たち夫婦が伯父から本屋を継承することが決まってからのある日、自宅で夫と義弟が夕食を囲んでいました。そして、本屋の名前の話題になりました。兄弟ふたりは、故郷の旧美山村に戻ってきてから自動車修理工場のイハラ・ボデーショップを開業していました。
 ボデーショップがあるんやからな、真心こめて本を売るハートショップしたら、ええんちゃうか」と、さらっと義弟が言いました。なるほど、ボデー「体」の次の店舗だから、ハート(心)というわけです。私たちは、別に多角経営で店舗展開しようという野望を抱いたわけではないのですが、二店舗を関連づけた名前だし、いいな……とふたりで顔を見合わせました。そして義弟のそのひと言で、山の本屋はイハラ・ハートショップという名前に決定したのでした。
 ただちょっぴり白状してしまうと、もしもイハラ・ハートショップが本屋として立ちゆかなくなったら、本を販売できない経営状態になってしまったら、普通の小売店として通用する名前にもなるからいいな……と、私はひとり心のなかで思っていたのでした。

 この『イハラ・ハートショップ』の外観は、僕が子どもだった30年くらい前に近所にあった、「ふじや」という小さなタバコ+駄菓子+生活用品の店によく似ています。その店は、20年以上前に潰れてしまったのですが、2009年に、こんな「小さな本屋さん」が元気に頑張っているというのは、それだけですごいことだと思います。

 正直、僕はこの本を実際に読んでみるまで、「こんな田舎でも頑張っている私」と「地元の人たちの温かい交流」を描いた「押し付けがましい美談モノ」ではないかと予想していたんですよ。町の書店がバタバタ潰れている(というか、もう潰れきってしまっている、というべきなのでしょう)この御時世に、暢気なものだねえ、と。

ところが、実際に読み始めてみると、この本には、そういうセンチメンタリズムはほとんど無く、むしろ、「田舎だからこそ、ここに住む人たち、とくに子どもたちに『本を読む喜び』を伝えたい!」そして、「面白いことを仕掛けていきたい」という著者の井原万見子さんのバイタリティが溢れていたのです。
 田舎にあること、交通の便が悪いこと、商圏に住む人の数が少ないこと、というのは、商売にとって大きなマイナスだと僕たちは考えます。でも、「その他の娯楽が少ないこと」や「(とくに子どもにとっては)大型書店やネット書店の影響が少ないこと」はプラスにもなりえますし、「ものすごく田舎にあって、素晴らしい自然に恵まれていること」は、この書店で何かイベントをやるときには、大きなメリットでもあるのです。中途半端な地方都市でイベントをやっても「ありきたりの営業活動のひとつ」でおしまいなのですが、このくらいの「ど田舎」だと、出版社や著者にとっては「こんなところでもイベントをやりました!」というアピール材料になるはず。 

ただし、著者の井原さんは、先に引用させていただいた文章にあるように、そんな「野心」に満ち溢れた人ではないし、「田舎の人たちを本で『教化』してやろう」なんていう偉そうな理想をかかげてここにやってきたわけではありません。むしろ、まずはしっかり地元に溶け込んで、自分の生活を成り立たせ、そのなかでどうやって自分の色を出していくか、ということをずっと続けておられるのです。だからこそ、「イハラ・ハートショップ」は、地元の人たちに愛されているのでしょう。

この本は、「田舎での書店経営の話」だと思って読みはじめたのですが、読み進めるうちに、「自分がやりたいことを実現するためには、どうするのが近道なのか?」ということを教えてくれる本ではないか、と僕には感じられてきました。
こういう言い方は失礼極まりないと思うのだけれど、店長の井原さんは、本当に「馬鹿正直」で「律儀」な人なのだと思います。そして、「あきらめない」人。
和歌山県の山奥の書店で、有名作家の原画展やサイン会をやるなんて、まずみんな「どうせうちの店じゃ相手にもしてもらえないだろうし」って、アタックする前にあきらめてしまうはず。それが「常識的な判断」というもの。
ところが、井原さんは、その小さな可能性を辿って、出版者の営業の人たちに積極的に声をかけたり、版元に電話をかけ、東京の出版社にマメに顔を出したりしていき、ついに、その「夢物語」を実現にこぎつけるのです。
井原さんは、「お願い」をするときに和歌山の山奥から深夜バスで東京に出かけ、週に一度の休日をつぶして出版社めぐりをして、また深夜バスで和歌山に戻ってきます。大事な原画を借りたあとは、自分で直接それを返すために出版社に出向き、関係者にお礼を言っておられます。
この「メール・ネット時代」のドライな人間関係のなかで、そうやって泥臭く「顔を合わせてコミュニケーションすること」にこだわり、当たり前のことのはずなのになかなかできない「労を惜しまず、顔を見せてお願いをして、顔を見せてお礼を言うこと」を続けているのが、「イハラ・ハートショップ」の成功の秘訣なのではないか、と僕は感じました。
この本では、あまり触れられてはいませんが、おそらく、ここに書かれている「成功したイベント」の陰には、「そんな山奥の書店なんかで、イベントなんか無理ですよ、わかりきってるじゃないですか!」なんて相手にもされなかったり、バカにされたりした経験も、たくさんあったはず。というか、十中八九は、そういう扱いだったのではないでしょうか。それでも諦めず、くさらず、「人と人との関係」を大事にしてきたというのは、本当にすごいことだと思うのですよ。
本を作るのも、売るのも、買うのも、みんな「人間」なんだよね。いまの世の中では、「人と接すること」はかえって煩わしさが先に立つし、僕もつい大型書店やAmazonで買い物をしてしまうし、「イハラ・ハートショップ」は、「特殊な環境下だからこそ成り立っている」のかもしれないけれど、それでも、何か商売をしている、しようとしている人にとって、この本は、そこらのビジネス書より、よっぽど参考になるのではないでしょうか。

 こうして本に関わる企画がすすみはじめたころ、絵本をまめに見にきてくれる地元の男の子がいました。来店するたびに、「今度ね、エスキース展ていうのをするんやで」と伝えて、ついには、「絵本の原画展をやれるようになったんやで」と、いつも私からその少年に話しかけました。すると、
「わぁ、原画って……きれいなんやろなあ」
と一緒になって顔をほころばせてくれました。このたったひとりの応援団は、私に大きな勇気を与えてくれました。
 それは、村から街へ出て、進学したり就職したりした人たちが帰ってくると、店頭で、「ここは、なんにもないとこや」よ、つぶやくほうが多いからでした。私は「そんなことないよ。何もないから、何でも、できるんやで」と言いました。年配でひとり暮らしをしているおばあちゃんのところへ、都会から遊びにきていたお孫さんが来なくなりはじめたという話を聞いたこともありました。そんな時、この場所で何かあれば、おもしろいものがあれば、顔を見せに帰ってきてくれるのかなとも、思いました。
 待っていてもお客さんに来てもらえない本屋なら、こちらからも動く。そんな元気な店だと知ってもらおう。
 業界が厳しいと言われるようになった時代じゃなくても、当店は最初から厳しい環境にありました。ただ黙って待っているわけにはいかないなと動いていたら、イベントを開催できました。

「書店でやっていけなくなったら、普通の小売店としてやっていこう」
そのくらいの「覚悟」ではじめたはずの「イハラ・ハートショップ」が、井原さんのバイタリティと周囲の人の応援によって、どんどん輝きを増していく姿は、本当に「すごい!」ものですし、僕も励まされ、また、その一方で、「もっと人づき合いに貪欲にならなくてはいけないな」と反省もさせられました。
本好き、書店好きの人、あるいは、何か商売をはじめようと思っている人には、とくにオススメしておきます。


そうそう、この本のなかで、僕の印象に残った、『かいけつゾロリ』の作者・原ゆたかさんの言葉を最後に御紹介しておきますね。

「子どもたちは、おもしろいものを一番よく知っています。本もゲームもアニメも、同じようにおもしろいものはおもしろいし、泣けるものは泣ける。本のページをめくる楽しいモノとして作ったのが、ゾロリなんです」

いま2ヶ月半の息子に、「役に立つような、『世界名作文学全集』みたいなやつをどんどん子どものころから読ませよう!」なんてことを考えていたのですが、これを読んで、「親というのは、もっと子ども自身の感性というか判断力を信用してあげるべきなんだろうな」とあらためて思ったんですよね。僕だって、「大人が薦める良書」になんて目もくれず、自分で読みたい本ばっかり読んでいたものなあ。だから、こんなふうになっちゃったのかもしれませんけど……
とりあえず、うちの子にも『かいけつゾロリ』は読ませてみます。

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