琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

はじめて村上春樹を読む人のためのブックガイド


せっかくの機会なので、僕の独断と偏見で「オススメの村上春樹作品ガイド」を書いてみます。
「そんなに言うんだったら、いままで読んだこと無かったけど、一冊くらい手にとってみるのもやぶさかではない」と考えておられる方に届きますように。

蛇足ですが、僕と村上作品について、簡単に触れておきます。
僕は1970年代の初めに生まれたのですが、初めて村上春樹作品を読んだのは、『ノルウェイの森』(1987)でした。
当時は「現代小説」というものにあまり興味がなくて、歴史モノとかドキュメンタリー、SFばかり読んでいたのですが、大ベストセラーになったこの作品、僕が当時通っていた全寮制男子校では、「ものすごくエロい」ということで評判になっていたんですよね。同級生の本好きのなかでは「図書館で借りられるポルノ小説」みたいな位置づけでした。
これは何度か書いたのですが、『ノルウェイの森』を読んだ童貞高校生の僕のいちばん率直な感想は、「大学生って、そんなに簡単に『女の子と寝る』ことができるのか!」というものだったんですよね。いや、実際に大学に入ってみれば、相変わらずモテナイ僕がそこにいるだけで、「村上春樹の嘘つき!」と呪ったりもしたのですけど。
まあ、「なんかこうすごくせつなくて放っておけない小説だなあ」と感じたのは事実で、それから、『ダンス・ダンス・ダンス』までは学校の図書館で借りて読んだのだけど、『ダンス×3』は、「これ、『ノルウェイの森』と違うじゃん」としか思えなくて、それからしばらく村上春樹作品からは離れてしまいました。

大学に入って何年かしてから、先輩に薦められて読んだのが、デビュー作の『風の歌を聴け』。
これはすごく「カッコいいなあ」と思った記憶があります。
それまでの「日本文学」の「親子の葛藤」とか「ドロリとした恋愛小説」「粘っこい心理描写」が苦手だった僕は、「こういうのが『クール』なんだなあ」と思い込み、『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』、そして、短編集や『村上朝日堂』などのエッセイまで、文庫化されているものを読んでいきました。
そのなかで、ようやく、『ノルウェイの森』のほうが、村上春樹の作品のなかでは「異質」なのだ、ということに気づいたんですよね。
当時最も好きだった作品は『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』。
この作品の終わりの「静けさ」は、「こんな終わりかたで良いのか?」という違和感とともに、ずっと心に残っています。

でも、僕が社会人になると、また村上さんとの距離は少し開いてしまったのです。
正直言うと、仕事をはじめて、朝早くから日付が替わるまでずっと病院で過ごし、職場の人間関係や患者さんとの向き合い方に悩み、磨り減るようになってしまうと、村上作品というのは、「現実を見ていない、夢物語」「現実と隔絶した独善的な村上春樹ワールド」のように見えてきたのです。村上春樹の作品には、「村上春樹的なものの味方と敵」しか出てきません。それまでの僕は、「味方」として素直に読めていたのですが、自分が社会に投げ出されてみると、「ああ、世界の多数派は、『村上春樹的なものなんて、どうでもいい』なんだなあ」ということを実感しました。所詮、狭い「村上春樹ワールド」の中の話じゃないのかこれは?

ねじまき鳥クロニクル』という作品が、リアルタイムではあまりよく理解できなかったことも、そんなふうに僕が考えたひとつの原因でした。
久々の長編をして発表されたこの小説は、当時の僕には難解で、面白さも感じなかったんですよ。
この「井戸」って何? うえっ、なんだこのストーリーの本筋とは全く関係なさそうなのにやたらと気持ち悪いだけの「皮剥ぎボリス」のエピソードは……

その後も、一応新刊が出れば読んではいたのですが、そういう「自分とは違う世界の人」だという感覚は、ずっと持っていたんですよね。
アフターダーク』を読んだときには、「村上春樹終わったな……」と心底ガッカリしたものです。
アンダーグラウンド』『約束された場所で』を読みながら(僕は『約束された場所で』はものすごく重要な作品だと思うし、大好きなんですが)、「小説家としての村上春樹は終わってしまったのかな」と考えていましたし。

ところが、ちょっとしたきっかけで(というか、福田和也さんが激賞されているのを読んだのがきっかけだったかな)『ねじまき鳥クロニクル』をもう一度最初から読み直してみて、僕は驚いたんですよ。
これは、やっぱり凄い作品だったのだな、って。
僕の「読書スキル」が少し上がったのでなんとか読めるようになったのでしょうし、その一方で、この作品は「読んでいくことによって、読者のスキルを確実にひとつ押し上げるような作品」なのではないかと思うのです。
そして、あらためて、「村上春樹は怖い」と感じました。
「皮剥ぎボリス」のエピソードの怖さというのは、「表皮を全部剥がされるという拷問」の映像的な凄惨さはもちろんなのですが、考えてみると、「そういう話をあそこまで冷徹に、観察者として描写することができる村上春樹という人間の怖さ」にも繋がっています。いや、フィクションなんだよ、フィクションなんだけど、普通の人間だったら、ああいう話を描くときに、なんらかの感情の揺れが文章にあらわれてくるはずなのに。

村上春樹」という人は、「戦後の日本というしがらみ」から逃れようとしてきた人だと思いますし、「現実とのデタッチメント(現実とかかわらないこと)」「個人が、個人として自分の生きかたを貫くこと」こそが村上作品、だと僕は思い込んでいました。
でも、村上春樹という人とその作品は、確実に変化してきています。
オウム真理教事件阪神淡路大震災という、ふたつの「世界を揺るがすような事件」を体験したこと、村上春樹作品、そして、村上春樹自身が、有名になることによって、かえって「グローバリゼーション」のなかで自分の「ルーツ」を考えざるをえなかったこと、いろんな要因はあるのでしょう。
とりあえず、いまの僕は、そういう「変化していること」も含めて、「村上春樹って、すごいなあ」と思っているのです。
あれほどの流行作家でありながら、「惰性で仕事をすること」を選ばないだけでもすごい。
そうそう、初期の作品も、また好きになってきました。少し僕の人生にも余裕が出てきたのかな。
こういう世界だからこそ「村上春樹ワールド」っていう「魂の休憩所」を必要としている人もたくさんいるのだろうし。


手短かに書くつもりだったのに、ものすごく長いですね、これ……
とりあえずここから、「私選・村上春樹を読んでみたい人のための10冊」を紹介していきます。
今回は、作品評価でなくて、「読みやすさ」を独断で三段階評価してみました。作品そのものへの評価ではないので念のため。
(★…読みやすい ★★…標準 ★★★…村上春樹慣れしていないと敷居が高い)


(1)風の歌を聴け(1979) ★★

風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)

出版社/著者からの内容紹介
1970年の夏、海辺の街に帰省した〈僕〉は、友人の〈鼠〉とビールを飲み、介抱した女の子と親しくなって、退屈な時を送る。2人それぞれの愛の屈託をさりげなく受けとめてやるうちに、〈僕〉の夏はものうく、ほろ苦く過ぎさっていく。青春の一片を乾いた軽快なタッチで捉えた出色のデビュー作。群像新人賞受賞。

短くて読みやすそうな作品ではあるのですが、その一方で、「何が言いたいのかよくわからない小説」だと感じる人も多そう。
「デビュー作にはその作家のすべての要素が詰まっている」と言われることがありますが、この作品が「性に合わない」人は、村上春樹の愛読者になるのは難しいのではないかと。
ちなみに、最近知ったのですが、この作品、村上さんは「なかなか書けなくて悩んでいたのだけれども、英語で書いていったらわりとスラスラ書けたので、それを日本語に翻訳した」のだそうですよ。


(2)世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(1985) ★★

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
高い壁に囲まれ、外界との接触がまるでない街で、そこに住む一角獣たちの頭骨から夢を読んで暮らす〈僕〉の物語、〔世界の終り〕。老科学者により意識の核に或る思考回路を組み込まれた〈私〉が、その回路に隠された秘密を巡って活躍する〔ハードボイルド・ワンダーランド〕。静寂な幻想世界と波瀾万丈の冒険活劇の二つの物語が同時進行して織りなす、村上春樹の不思議の国。

2つの世界が交差して、慣れるまではちょっと読みにくいですけど、これも「読み終えたあとに、自分が少し本を読めるようになった気がする作品」でした。最初は「ハードボイルド」のほうが面白くて、「世界の終わり」は読むのがめんどくさく感じていたのだけど、途中でそれが逆転してしまったのをよく覚えています。
この「終わり」のシーンの美しさとやるせなさは、いまでも心に残っていて、僕にとっては「好きすぎて読み返せない本」のひとつです。


(3)ノルウェイの森(1987)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

出版社/著者からの内容紹介
暗く重たい雨雲をくぐり抜け、飛行機がハンブルグ空港に着陸すると、天井のスピーカーから小さな音でビートルズの「ノルウェイの森」が流れ出した。僕は1969年、もうすぐ20歳になろうとする秋のできごとを思い出し、激しく混乱していた。――限りない喪失と再生を描き新境地を拓いた長編小説。

僕にとっての「初村上春樹」。ある意味、「村上春樹の代表作にして、もっとも村上春樹らしくない作品」かもしれません。
作中のワタナベの年齢(20歳前後)近くで最初に読んだ僕と、いま、40の声が聞こえる(冒頭に出てくる「語り手」としての作者に近い年齢の)僕では、けっこう読んだときの印象が違う本なんですよね。
当時は、「でも、レイコさんってオバサンだろ?」とか思ってたもんなあ……


(4)国境の南、太陽の西(1992)

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
今の僕という存在に何らかの意味を見いだそうとするなら、僕は力の及ぶかぎりその作業を続けていかなくてはならないだろう―たぶん。「ジャズを流す上品なバー」を経営する、絵に描いたように幸せな僕の前にかつて好きだった女性が現われて―。日常に潜む不安をみずみずしく描く話題作。

村上さんの長編小説のなかで、もっとも「私小説っぽい」作品です。読みやすさ、わかりやすさはピカイチ。
僕がいちばん面白いと思ったのは、「経営哲学」とか「夫婦関係」についての話でした。

「幾つかのことに気をつければそれでいいんだよ。まず女に家を世話しちゃいけない。これは命取りだ。それから何があっても午前2時までには家に帰れ。午前2時が疑われない限界点だ。もうひとつ、友達を浮気の口実に使うな。浮気はばれるかもしれない。それはそれで仕方ない。でも友達までなくすことはない」


(5)ねじまき鳥クロニクル ★★★

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編 (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編 (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編 (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
僕とクミコの家から猫が消え、世界は闇にのみ込まれてゆく。―長い年代記の始まり。

いろんな意味で、村上春樹の金字塔だと思います。
当初第1章・2章のみが発表されていて、第3章は「発表未定」だったのですが、阪神淡路大震災オウム事件を挟んで、第3章が発表されたのが印象的でした。
もしかしたら、構想上の「第3章」は全くの別物、あるいは「第2章」で終わりだったのかもしれませんね。
ただ、「難しい」し、けっこう気持ち悪い描写がありますので、「最初の1冊」にはあまり向かないかも。


(6)約束された場所で―underground 2(1998) ★★

約束された場所で―underground 2 (文春文庫)

約束された場所で―underground 2 (文春文庫)

出版社/著者からの内容紹介
癒しを求めた彼らはなぜ無差別殺人に行着いたのか?オウム信者へのインタビューと河合隼雄氏との対話によって現代の闇に迫る

もちろん、『アンダーグラウンド』は、村上春樹を語る上で欠かせない一冊だと思いますが、こちらのほうが僕は興味深く読めました。どこにでもいる「現実との折り合いがうまくつけられない人間」だった彼らが、なぜオウム真理教に惹かれていったのか?彼らが、あまりにも「どこにでもいそうな人」であり、語っているのも「どこにでもありそうな話」なので、逆に驚いてしまいます。『アンダーグラウンド』に比べると言及される機会は少ない本なのですが、大事な作品だと思います。


(7)神の子どもたちはみな踊る(2000) ★★

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
1995年1月、地震はすべてを一瞬のうちに壊滅させた。そして2月、流木が燃える冬の海岸で、あるいは、小箱を携えた男が向かった釧路で、かえるくんが地底でみみずくんと闘う東京で、世界はしずかに共振をはじめる…。大地は裂けた。神は、いないのかもしれない。でも、おそらく、あの震災のずっと前から、ぼくたちは内なる廃墟を抱えていた―。深い闇の中に光を放つ6つの黙示録。

阪神淡路大震災」が人々に与えた影響をモチーフにした(でも、直接「震災」を描いているわけではない)連作短編集。
直截的ではないだけに、かえって心の奥にじんわり効いてくるような気がします。


(8)「そうだ、村上さんに聞いてみよう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける282の大疑問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?(2000) ★★

内容(「MARC」データベースより)
「はい、何でも相談室の村上です」 村上作品への質問から、日常生活、翻訳、映画、音楽、恋愛相談まで、村上朝日堂ホームページに読者から寄せられたありとあらゆる大疑問に電子メールで答えた282問。〈ソフトカバー〉

実は、この「読者からの質問に村上春樹さんが答えるシリーズ」って、いちばん「村上春樹という小説家のスタンス」が直接語られている本なのだと思います。

村上春樹さんが書かれていた「小説の役目」について。

『約束された場所で』というオウム信者たちへのインタビュー集を読んだ読者からの、「オウム信者の人たちは、この世の中に『忘れられた人々」であり、オウムというのは、彼らにとっての『自分たちだけの入り口』だったのではないか?」と問いに対する回答。

村上春樹さんの回答>

 我々はみんなこうして日々を生きながら、自分がもっともよく理解され、自分がものごとをもっともよく理解できる場所を探し続けているのではないだろうか、という気がすることがよくあります。どこかにきっとそういう場所があるはずだと思って。でもそういう場所って、ほとんどの人にとって、実際に探し当てることはむずかしい、というか不可能なのかもしれません。

 だからこそ僕らは、自分の心の中に、あるいは想像力や観念の中に、そのような「特別な場所」を見いだしたり、創りあげたりすることになります。小説の役目のひとつは、読者にそのような場所を示し、あるいは提供することにあります。それは「物語」というかたちをとって、古代からずっと続けられてきた作業であり、僕も小説家の端くれとして、その伝統を引き継いでいるだけのことです。あなたがもしそのような「僕の場所」を気に入ってくれたとしたら、僕はとても嬉しいです。

 しかしそのような作業は、あなたも指摘されているように、ある場所にはけっこう危険な可能性を含んでいます。その「特別な場所」の入り口を熱心に求めるあまり、間違った人々によって、間違った場所に導かれてしまうおそれがあるからです。たとえば、オウム真理教に入信して、命じられるままに、犯罪行為を犯してしまった人々のように。どうすればそのような危険を避けることができるか?僕に言えるのは、良質な物語をたくさん読んで下さい、ということです。良質な物語は、間違った物語を見分ける能力を育てます。


(9)「象の消滅」 短篇選集 1980-1991(2005) ★★

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

出版社 / 著者からの内容紹介
ニューヨークが選んだ村上春樹の短篇集、2005年3月31日、日本上陸!

1993年Knopf 社で編集、出版された短篇選集『The Elephant Vanishes』は英語圏で好評を博し、ロング・セラーとなっている。その日本語版がついに刊行! 英語版から著者みずから翻訳を試みた、新バージョンの「レーダーホーゼン」など初期短篇17作品。更にNew Yorkerデビュー当時を振り返る書下ろしエッセイも収録した話題作。

ニューヨーカーに選ばれ、世界で読まれ、日本に再上陸した初期短篇の数々。アメリカデビュー当時を語るエッセイなど話題満載の短篇集。

村上春樹はまずなにを読めばいい?」「短篇をいくつか読みたい。」そんなあなたへ贈る、ニューヨーカーが選んだ村上春樹の初期短篇集。

「初期短編の代表作を網羅している」この本を紹介するのは、ちょっと手抜きなのではないかと自分でも思うのですが、「アメリカ人が評価している村上春樹の短編って、こういう作品なのか……」という新しい発見もある短編集です。


(10)東京奇譚集(2005)

東京奇譚集 (新潮文庫)

東京奇譚集 (新潮文庫)

出版社 / 著者からの内容紹介
奇譚(きたん)とは、不思議な、あやしい、ありそうにない話。しかしどこか、あなたの近くで起こっているかもしれない物語――。

難しい「解釈」が必要な作品ではなくて、「語り部・村上春樹」の凄みを感じさせてくれる作品集です。

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