琥珀色の戯言

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制服捜査 ☆☆☆☆


制服捜査 (新潮文庫)

制服捜査 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
札幌の刑事だった川久保篤は、道警不祥事を受けた大異動により、志茂別駐在所に単身赴任してきた。十勝平野に所在する農村。ここでは重大犯罪など起きない、はずだった。だが、町の荒廃を宿す幾つかの事案に関わり、それが偽りであることを実感する。やがて、川久保は、十三年前、夏祭の夜に起きた少女失踪事件に、足を踏み入れてゆく―。警察小説に新たな地平を拓いた連作集。

僕は「警察小説」って苦手なのですが、ちょっと前に話題になっていたこの作品、文庫になっていたのを見つけて読みました。
「ミステリ」としては、「読者には推理しようがない犯人が結末近くになって出てくる小説」なので、僕の好みではないのですけど、この作品中で描かれている「駐在さん」の仕事の内容や地元の人たちとのつきあいのリアリティには、すごく引き込まれました。
田舎の狭いコミュニティのなかで、他所から来て公的な仕事をするというのは、それこそ「正論原理主義」だけではうまくいかないことが多いんですよね。
読みながら、田舎の診療所で働いていた時代の父親のことをいろいろと思い出してしまいました。
「田舎が人情があって、のどかで……」なんていうのは、テレビの旅番組で植えつけられた「観光客の幻想」でしかありません。
「情の篤さ」っていうのは、「しがらみ」や「おせっかい」に変わってしまうことが多いですし。

 竹内は締めくくるように言った。
「川久保さん、あんた駐在警官の一番大事な任務ってなんだと思う?」
 質問の真意がわからず、川久保はあたりさわりのないことを答えた。
「地域の治安維持、ってことでしょう?」
「具体的には、どういうことだい」と、竹内の声はいくらか意地悪そうなものになった。
 川久保は言葉を変えて答えた。
「犯罪の被害者を出さない、ということだと思いますが」
「ちがうね」鼻で笑うように竹内は首を振った。「被害者を出さないことじゃない。犯罪者を出さないことだ。それが駐在警官の最大の任務だ」
「どういう意味です? 犯罪を起こさせない、という意味とはちがうんですか?」
「ちがう。田舎町と警察がいちばん対立するのはどんなときだ? 選挙違反事件の摘発だ。住民にしてみれば、違法行為にはちがいないが被害者はいない、ってのが選挙違反だ。なのに、警察は杓子定規にその地域に犯罪者を作ってしまう。前科者を作ってしまうんだ」
 竹内の言うことはわかった。たしかに田舎町では、選挙違反は違法行為とさえ認識されていないかもしれない。選挙違反に手を染めるというのは、地域への献身の証なのだ。それを摘発する警察は、地域の事情を知らぬ馬鹿役所である。

この作品のなかで、川久保巡査部長は、「駐在警官」という地位での限界のなかで、さまざまな事件に立ち向かっていきます。ある程度解決できたものもあれば、読者としてもスッキリしない結末に終わるものもあり……
「警察組織の不誠実さ」に対して、読んでいて苛立つところもたくさんあります。
ただ、その一方で、「だからといって、子供の姿が見えなくなるたびに、すぐ大捜査網を張り巡らせていたら、警察はすぐにパンクしてしまう」のもよくわかるのです。
それでもボクはやってない』という映画で周防正行監督が「検察」や「裁判」というシステムについて描いていたのと同じように、「すべての事例に対して、とことんまで『例外』であることをつきつめられるほど、権力の側だって余裕はない」のが現実。
医者だって、「じゃあ、頭痛の患者さんすべてにCT,MRIまで撮るのか?」と言われたら、やっぱりそれは難しい。
そういうなかで、「どういう行方不明者を捜査の対象にすべきなのか?」とか、「どういう頭痛の患者さんはCTを撮るべきなのか」を判断するのが専門家の仕事、なのでしょうけど……

重厚であるにもかかわらず、「警察組織についての薀蓄」は最小限に抑えられており、「組織の制約のなか、やれるだけのことをやろうとする誠実な組織人」である川久保巡査部長にはすごく共感できますし、かなり良質の作品だと思います。「警察嫌い」の人にこそ、読んでみてもらいたいなあ。
僕も別に「警察好き」じゃないけど、彼らもまた組織のなかで葛藤しているのだな、ということが伝わってくる小説です。

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