琥珀色の戯言

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なんとなくな日々 ☆☆☆☆


なんとなくな日々 (新潮文庫)

なんとなくな日々 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
春の宵には、誰もいない台所で冷蔵庫の小さな鳴き声に耳を澄まし、あたたかな冬の日には、暮れに買い置いた蜜柑の「ゆるみ」に気づく。読書、おしゃべり、たまの遠出。日々流れゆく出来事の断片に、思わぬふくよかさを探りあてるやわらかいことばの連なりに、読む歓びが満ちあふれます。ゆるやかにめぐる四季のなか、じんわりしみるおかしみとゆたかに広がる思いを綴る傑作エッセイ集。

ああ、最初から最後まで「川上弘美な本」だなあ。

 台所ではときおり妙なことが起こる。先日も真夜中書きものをしていると、背後から音が聞こえた。背後とは、台所である。きゅうううう、という大きな鳴き声みたいなものが聞こえたのであった。かなしそうに、鳴き声はなりひびく。これには聞き覚えがあった。冷蔵庫の鳴き声なのである。冷蔵庫の扉をぴったりと閉めずにしばらく置いておいた後に、気づいて閉めると、この音がする。さもかなしそうな鳴き声である。閉めてほしかったのですよう、せつなかったですよう、そんな気持ちのこもったような鳴き声である。ただし先日は閉め忘れてなどいなかった。扉はたしかにぴったりと閉じられてあった。それでも鳴くとは、何が言いたかったのか冷蔵庫よ。夜中でさみしいのですよう、冷えつづけることもせんないものですよう、そんなことを言いたかったのか。それとも、遊びをいたしましょうよう、春だからうきうきいたしましょうよう、そんなことを言いたかったのか。鳴き声は五分ほどでおさまった。

「台所の闇」というエッセイの一部なのですが、こういう「現実を描きながらも、なんだか浮世を離れてしまったような気持ちにさせられる」のは、まさに川上さんの真骨頂。
でも、こういうふんわりとした描写のあとに、

 昔の日本の家は、今よりもずいぶん陰影に富んでいて、その中でも台所はさらに土に近い場所だった。今の台所は土からずいぶん遠くなった。それでも、土から来たものがここで煮たり焼いたりされ、野を駆けていたものがここで切りひらかれる。ほんとうはそんな実感などなしに、包丁を使ったり火を使ったりしているのであるが、実感はなくとも気持ちの奥ではそれを知っているのに違いない。ものみな萌え出づる春ともなれば、土の記憶は常よりも鋭く身の内によみがえるのに違いない。

という、ちょっと背中がぞくりとするような文章が出てくるんですよね。やっぱり川上弘美、おそるべしだなあ。
ほんとうに、すがすがしいほど、「ドラマチックなできごと」や「笑える話」は出てきません。
にもかかわらず、「川上弘美の心に映る日常」を覗いてみるのは、僕にとってかなり魅力的な体験でした。

川上さんの文章を読むたびに、「こういう人が友達にいたら癒されるだろうけど、こういう人と結婚したら、落ち着かないだろうなあ」と僕は考えずにはいられないんだよなあ。


参考リンク:「男女が同居するということ」(ほぼ日刊イトイ新聞・2003年)
↑「結婚」「男女」についての川上弘美さんと糸井重里さんの対話。すごく面白いです。

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