琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

ジェネラル・ルージュの凱旋 ☆☆☆☆


映画『ジェネラル・ルージュの凱旋』公式サイト

あらすじ: チーム・バチスタ事件から1年後、院内の倫理委員会の委員長を務める田口(竹内結子)のもとに一通の告発文が届く。救命救急センター長の速水(堺雅人)と医療メーカーが癒着し、同センターの花房看護師長(羽田美智子)が共犯という内容。彼女が院内調査を開始した矢先、同様の告発文を受け取っていた厚生労働省の役人・白鳥(阿部寛)が再び現れる。(シネマトゥデイ

3連休中日の土曜日の昼下がりの映画館で鑑賞。観客は20人程度。
僕は原作をつい最近読んだばかりなので、前半の状況説明のところは、けっこうウトウトしていました。
後半はかなり盛り上がるのですが、正直、原作に比べると、いろんな意味で「端折った」作品だな、と思います。
あれだけの長さの作品を2時間におさめるというのは大変でしょうし、原作ではあまり見せ場がなかった竹内結子阿部寛の出番もある程度つくらなければならない、ということで、原作で描かれていた『ナイチンゲールの沈黙』とのクロスオーバーの部分はすべてカットされ(これは映画化に際しては適切な判断だったと思います)、救命救急センターの日常の仕事の過酷さも、やや描写が足りなくなってしまったように感じました。如月翔子なんて、映画では「その他大勢のひとり」だし、花房師長の影も薄いです。原作の田口、島津、速水の三人の「大学に残った学生時代の同期の屈折した友情」も、田口先生が若い竹内さんになってしまったことで、描けなくなっていますし。医学部っていうのは、(一部入れ替わりがあるものの)100人くらいのクラスでずっと6年間一緒に過ごすので、同期のつながりっていうのがすごく強いんですよね。学生時代はそんなに仲良くなかったはずなのに、どこかで出会うと「同期で一緒に勉強していた」というだけで、ものすごく親近感がわくんだよなあ。もちろん、「どうしても親近感を抱けない相手」もいるんですけど。
その「友情」の描写がないと、ラストの速水の「しょうがねえなあ」という苦笑いの意味も伝わらないのではないかと。

医者としての感想は、最後に御紹介するリンク先に書いたのですが、そういう「問題点がぼやけてしまったことに対する不満」を除けば、映画としては、緩急がうまく使われた良作だと思います。
唐突に「犯人」が出てきた『チーム・バチスタの栄光』よりも、ドラマとしての質は高い(だから逆に、なぜあんなにわかりやすく、原作になかった「事件」を起こしたり、「悪者」をつくるのか、という不満もあるのです)。
堺雅人さんの速水先生は、まさにハマり役、という印象で、堺さん自身のいまの勢いもあって、思わず惹きつけられてしまいました。
でも、現場としては、こういう「スーパードクター」がいないと運営できない組織というのは限界があるし(「こいつらは1か月家に帰ってないんだ!」と速水先生が会議室で言っていたのを、何人の観客が聞いてくれていただろう?)、「優秀な救急救命医」の存在によって病院のレベルが上がる一方で、「命はなんとか助かっているのだけれど、意識が戻らなかったり、日常生活を送るのが難しい状態が続くことが予想される患者さん」が増えてしまうこともまた現実ではあります。
「救急医療の充実」が叫ばれる一方で、世のなかのコンセンサスは、必ずしも、「なにがなんでも、どんな状態になっても命を永らえさせる」という方向にはいっていないことも感じるんですよ。
自分や身内の命はどんなにコストがかかっても助けてほしいけれども……
医療費が上がるのもイヤだし、高齢の親を自宅で介護するのも難しい。「待たせるな!」と怒鳴る患者さんは、「昼は仕事で来られなかったから」。
僕はこの『ジェネラル・ルージュの凱旋』、「救命救急の現場の厳しさ」を描く作品としては成功していると思うのです。
そして、観客は、「病院経営・コスト重視で救命センターを潰そうとする悪党ども」がやりこめられるのをみて、カタルシスを得られる。

……でも、違うんだよ本当は。
いまの医療の現場には、「わかりやすい悪党」なんていないんだよね。
真面目な救急救命医やスタッフ(もちろん、事務の人たちも含めて)が、まっとうな治療を誠実にやっていても、どんどん赤字になるんだよいまの制度下では。
粛清すべき「悪」がいるわけでもないのに、みんながどんなに一生懸命やっても儲からない。
いや、儲からなくてもいいんですよ。その分は「公共の利益のためのコストとして社会(政治)が負担する」ようになっていればね。
ところが、いまの世の中は、「救急が不採算なのは、企業努力が足りないから」だということで、対応は各病院に丸投げ。
にもかかわらず、「救急医療」に対する要求は高まる一方。
救急医療を志すのは、医者のなかでも「やる気」がある人ばかりにもかかわらず、そういう人たちですら逃げ出してしまっているのが現状です。
「救急なんて不採算部門は、早く投げだしてしまったほうが身のためじゃないか? 先にみんながやめてしまうと、後になればなるほどやめにくくなるだろうし……」
そういう声は、現場でもけっして少なくはありません。

この映画単体でみれば、「良い作品」だと思います。観ながら「医療者ってすごいなあ」とひとごとのように感動してしまったし。
ただ、「感動」で「問題点」が覆い隠されてしまった感は否めませんので、ぜひ、原作も読んでみていただきたいなあ、とお願いする次第です。

あと、このタイトルをタイピングしていると、ついつい、『ジェネラル・ルージュの伝言』って打ってしまいませんか?
なんのかんの言っても、僕もユーミン世代なんだな……

参考リンク(1):映画『ジェネラル・ルージュの凱旋』への医者的感想(いやしのつえ)
参考リンク(2):『ジェネラル・ルージュの凱旋(原作・小説版)』への感想


ジェネラル・ルージュの凱旋(上) (宝島社文庫)

ジェネラル・ルージュの凱旋(上) (宝島社文庫)

ジェネラル・ルージュの凱旋(下) (宝島社文庫)

ジェネラル・ルージュの凱旋(下) (宝島社文庫)

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