琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

定本コロコロ爆伝!! 1977-2009〜「コロコロコミック」全史 ☆☆☆☆☆


定本コロコロ爆伝!! 1977-2009 ~ 「コロコロコミック」全史

定本コロコロ爆伝!! 1977-2009 ~ 「コロコロコミック」全史

内容紹介
情熱復活!!

コロコロコミック」全史、公式本が発売!!
(小学館公認)

みんな「コロコロ」が教えてくれた
コロコロコミック」は、いかにして小学生のバイブルになったか?
誕生から現在まで、約30年分をギューッと一巻に凝縮。
関係者一同が、あのマンガ、このホビー、裏話、秘話、エピソードを熱く語る!!

僕は『コロコロコミック』創刊のとき、「もうすぐ小学生」だったのですが、当時はマンガのコミックスがそんなに豊富ではなかったこともあり、僕にとっての『コロコロ』は、とにかく『ドラえもん』が浴びるほど読める雑誌だった記憶があります。
あとはやっぱり、『ゲームセンターあらし』だなあ。東大生が『平安京エイリアン』を作ったという話を読んで、僕もゲームをつくる人になりたい、と思ったものでした。
そうそう、僕が『コロコロ』のなかで忘れられないのは、『おじゃまユーレイくん』。途中までは、なんだかちょっと間延びしたマンガだなあ、と思っていたのですが、最後は怒涛の展開で、「なんじゃこりゃあ!」と子供心に衝撃を受けたのを覚えています。

この『定本コロコロ爆伝!!』480ページもの分厚い本なのですが、編者の渋谷直角さんも、創生期から『コロコロ』を支えている編集者たち、マンガ家たちも、みんな「アツい!」。
子供の頃は、「とにかくマンガがたくさん載っている、楽しい本」だった『コロコロ』。
あの雑誌を、どういう人たちが、どんな思いで作っていたのか、というのをこの年になって辿れるのは、とても素晴らしい体験でした。
引用されているマンガの1カット1カットも、けっこう覚えているものなんですよね。
のび太の宇宙開拓史』の「のび太vsギラーミン」は、ほんと、カッコよかったよなあ。

難点といえば、『コロコロ』は、もともと「小学校を卒業した子供は、『コロコロ』も卒業していく」というコンセプトで作られている雑誌なので(だからこそ、マンガやホビーは、常に「大人向けにならないように軌道修正している」のです)、この「全史」のすべてをリアルタイムで体験していて、この本を味わいつくせる人はいないということくらいでしょうか。
僕にとっては、1980年代半ば以降、「ミニ四駆」とか「ビックリマン」とか以降は厳しい。
でも、こういう本だからこそ、誰もが「自分にとっての『コロコロコミック』」を思い出せるのかもしれませんね。

この本によると、『コロコロコミック』の「軸」は、常に藤子不二雄先生のマンガ、とくに、F先生の『ドラえもん』なのだそうです。
この『コロコロ全史』のなかでも、僕がいちばん読んでいて嬉しかったのは、「証言構成 藤子・F・不二雄」の章でした。
コロコロコミック』の関係者は、F先生ともっとも濃密な時間を過ごしてきた人たちですから(「大長編ドラえもん」もずっと『コロコロ』ですからね)、そのエピソードの内容・量の豊かさには感動させられます。
たくさんのF先生のエピソードのなかから、とくに印象に残ったものをいくつか。

伊藤善章さん(藤子プロ社長)
ワープロを買ったんです。すると先生が「これは便利ですねえ」って打ちはじめて。その紙いまだに持ってるんですけど、最初に打ったのが『平家物語』ってタイトルなの。内容は、「その家は、平屋だった」で終わり(笑)。これを、亡くなって4〜5年経った時に奥様が見つけてきてねえ。『平家物語・上』。「その家は平屋だった」「屋根の上は雲だった」。で終わり(笑)。さらに『平家物語・下』。「平屋の下は地球だった」。終わり(笑)。この茶目っ気ぶりはねえ、最高だなと思って。僕らの知らないところで楽しんでいらした先生を思うと、素敵ですよね」

すがやみつるさん(マンガ家)
「デビュー直後に仕事をたくさん引き受けて、それを持ったまま田舎に帰って、ぜんぶ締め切りに間に合わなくて落としてしまって、しばらく干されちゃった、というエピソードがあるじゃないですか。すごい話だなと思ったのは、先生はそれが今でもトラウマになっていて、「恐怖感が残ってる」って言うんです。家に帰っても、ベッドに入ると寝すぎて次の日寝坊して怒られた記憶があるから、いまだにソファで毛布をかけて寝てる、とおっしゃってました。あの藤子不二雄先生がいまだにトラウマを抱えてるんだ、って驚きました。……でも、それくらいから体を悪くされたのかもしれないな、とも思ったんですけれど」

平山隆さん(3代目編集長)
「映画の話をした時ににも、先生は「読後感の良いマンガを描きたい」ってよく話してましたね。悲劇でも、明日につながるなにかが必ずあるようなもの。たとえば僕が好きな作品で、「みどりの守り神」。これが、いちばん先生の思想が出ていると思うんです。主人公が、最後に空を見て、「鳥が!」っていうラスト。これが、藤子・F・不二雄なんですよ。最後にこういうシーンを持ってくるというのは、これはテクニックじゃなくて、思想ですね。あらゆる作品で……、もちろん全部が全部そうではないけれど、基本的なベースに流れているのが、その「明日がある」っていう部分。つまり、悲観的な人ではないと思うんですよ。誤解を恐れずに言えば、楽観主義者。……これは先生から聞いた話だけど、高校卒業した後、会社に勤めてすぐ、右手を怪我したらしいんです。マンガ家になろうと思ってたから、ペンを持つ右手はとくに大事。医者に行って治療を受けてる間に、「平山さん、その時僕がなにを考えてたかっていうとね、『急いで家に帰って、左手で絵を描く練習しなきゃ』って思ってた」って(笑)。そういうエピソードを聞いていると、僕の言っている「思想」ってわかるでしょ?「明日へ」って。人類の未来に対してもすごく希望を持っている人だったんじゃないかな。人間を信頼して、なんとかなるよ、って思いつづけていた人だと思う。その思想がいちばん大きいのが、「ドラえもん」だと思うんですよ。僕はね」

こういう素敵なエピソードが満載なんですよ、この本には。
藤子・F・不二雄先生には、手塚先生や赤塚先生みたいな「破天荒なエピソード」は無いけれど、先生の生きざまには、「普通の人が普通に日常を生きていくために大切なこと」が、ぎっしり詰まっているのです。
手塚先生や赤塚先生が亡くなられて、僕はその「不在」を感じずにはいられないのだけれど、藤子・F・不二雄先生は、亡くなられて十数年にもなるのに、今でもずっと僕の近くにいてくれるような気がします。

そうそう、この本の最後に、「永遠のライバル」である『週刊少年ジャンプ』の鳥嶋和彦元編集長のインタビューが載っているのですが、これもすごく面白かったです。『ジャンプ』からみた『コロコロ』。

……あれだな、やっぱり『コロコロ』は気になる雑誌だったからね。ひと言で言うと、『コロコロ』の編集部だけが、小学館のマンガ雑誌の中で唯一編集者が働いているところだと思う。他のマンガ雑誌はねー、悪いけど、ぜんぜん仕事してない!

鳥嶋さんがまた、こんな感じで、かなり過激にサービスしてくれてるんですよ。ライバル誌の歴史の本なのに!

関係者の証言満載、懐かしいマンガも(断片的にですが)思い出せるこの本、『コロコロコミック』で育った大人にとっては、1600円+税で売られているなんて、安すぎて驚いてしまうくらい。この価格設定も、『コロコロ魂』なのかな。
(『リラックス』という雑誌の「コロコロ特集号」からの引用がけっこう多いみたいなので、その雑誌を既読のかたは、念のため内容を確認されたほうが良いのではないかと思います)。

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