琥珀色の戯言

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沈黙 ☆☆☆☆☆


沈黙 (新潮文庫)

沈黙 (新潮文庫)

あらすじ(Wikipediaより)
島原の乱が収束して間もないころ、イエズス会の高名な神学者クリストヴァン・フェレイラが、布教に赴いた日本での苛酷な弾圧に屈して、棄教したという報せがローマにもたらされた。フェレイラの弟子セバスチャン・ロドリゴとフランシス・ガルペは日本に潜入すべくマカオに立寄り、そこで軟弱な日本人キチジローと出会う。キチジローの案内で五島列島に潜入したロドリゴ隠れキリシタンたちに歓迎されるが、やがて長崎奉行所に追われる身となる。幕府に処刑され、殉教する信者たちを前にロドリゴは……

「歴史的名作を読んでみる」シリーズ。
新潮文庫の100冊」として書店で平積みになっていたので、一度くらいは読んでみようと買ってみました。
僕は基本的に「宗教を題材にした作品」は苦手というか、よくわからないことが多いので、遠藤周作さんの作品は、『深い河』くらいしか読んだことがなかったんですよね。

この『沈黙』は、1966年に刊行された遠藤さんの代表作のひとつ、という「知識」は持っていたのですが、今回が初読。

正直、最初の30ページくらいまでは、あまり文章に慣れることができず、けっこう手こずりました。
やっぱり、「1966年の作品」だよなあ、と。
しかしながら、幕府の弾圧から必死に逃れようとするロドリゴ司祭と隠れキリシタンの村人たちの姿を追っていくうちに、僕もすっかりこの江戸時代の長崎に引き込まれていきました。

「神というのが、人間に苦しみしか与えない存在であったとしても、そんな「神」を信じるのが正しいことなのか?

「なんのために、こげん苦しみばデウスさまはおらになさっとやろか」それから彼は恨めしそうな眼を私にふりむけて言ったのです。「パードレ、おらたちあ、なあんにも悪かことばしとらんとに」
 聞き棄ててしまえば何でもない臆病者のこの愚痴がなぜ鋭い針のようにこの胸にこんなに痛くつきさすのか。主はなんのために、これらみじめな百姓たちに、この日本人たちに迫害や拷問という試練をお与えになるのか。いいえ、キチジローが言いたいのはもっと別の怖ろしいことだったのです。それは神の沈黙ということ。迫害が起って今日まで二十年、この日本の黒い土地に多くの信徒の呻きがみち、司祭の赤い血が流れ、教会の塔が崩れていくのに、神は自分にささげられた余りにもむごい犠牲を前にして、なお黙っていられる。キチジローの愚痴にはその問いがふくまれていたような気が私にはしてならない。

それにしても、拷問のシーンの静謐な残酷さ、救いようのなさと、それを目の当たりにするロドリゴ司祭の心の動きの描かれかたは、本当に凄まじい。
僕たちは、踏絵を踏んだ者たちを「転向者」と嘲りますが、この小説を読んでいると、「踏絵を踏まなかった人間のほうが、むしろ、異常だったのではないか」と考ずにはいられません。
そして、人を信仰に向かわせるのは、「希望」よりも「絶望」のような気がしてきます。
いま生きている世界に絶望していない人間に「殉教」なんてできるのだろうか?

本当は、「悪いのは迫害者たち」ではあるのでしょう。
でもね、この本の中では、「お前が信仰を捨てないと、他の人間を殺すぞ」と、主人公は何度も問われるのです。
自分のことなら、「信仰を貫いて、殉教する」かもしれない。
ところが、そこに他人の命がかかっていても、「自分の神を裏切るべきではない」のか?
それは本当に「神の教えに従うこと」なのか?

 この番人たちも人間というものは、これだけ他人に無関心でいられるのだな、そう感じさせるような声で、笑ったり、しゃべったりしている。罪は、普通考えられるように、盗んだり、噓言をついたりすることではなかった。罪とは人がもう一人の人間の人生の上を通過しながら、自分がそこに残した痕跡を忘れることだった。Nakisと彼は指を動かしながら呟くと、その時始めて祈りが、胸の中にしみていった。

いまから40年以上前に書かれたものですが、この作品は、まさに「他人と関わって生きる人間に対する普遍的な問いかけ」だと思います。
「神のこと」「信仰のこと」を描いた小説だというイメージを持っていたけれど、実際は、「正解のない世界で、人はどう生きればいいのか?」という迷いをそのまま描いている作品なんですよね。
「神の沈黙」についても、作者は、「何もしてくれないんだから、神になんて意味はない」というような単純な結論には達していません。
率直に言うと、僕には遠藤さんの「答え」がなんとなくわかるような気もするけど、正しく理解できているか自信を持てないし、この物語の最後の記述についても、なぜこんな描き方にしたのかと疑問なのですけど……

「人は、極限状態でどんなことを考えるのか?」が執拗に、リアルに書かれていて、これほど「読んでいて追いつめられる小説」というのはめったにありませんし、「かわいそうな司祭と隠れキリシタンたちの話」だとしか思っていなかった人(まさに僕がそうだったのですが)にも、先入観を捨てて一度読んでみていただきたい作品です。

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