琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

図書館の神様 ☆☆☆☆


図書館の神様 (ちくま文庫)

図書館の神様 (ちくま文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
思い描いていた未来をあきらめて赴任した高校で、驚いたことに“私”は文芸部の顧問になった。…「垣内君って、どうして文芸部なの?」「文学が好きだからです」「まさか」!…清く正しくまっすぐな青春を送ってきた“私”には、思いがけないことばかり。不思議な出会いから、傷ついた心を回復していく再生の物語。ほかに、単行本未収録の短篇「雲行き」を収録。

僕は瀬尾まいこさんの小説を読むたびに、その清々しさに感心するのと同時に、ちょっと醒めた気分にもなるのです。
世の中そんなに甘くないんじゃない?って。

この『図書館の神様』についても、率直に言うと、あまりに登場人物が恬淡としているというか、「こだわりがない」人たちばかりのような気がします。文芸部の唯一の部員、垣内君と清先生とのやりとりとか、清と不倫相手の結末とか。
「現実だったら、もっとドロドロするものじゃないの?垣内君が先生に告白してきたり、不倫相手がなかなか離れてくれなかったり……」と言いたくなるんですよね。
そもそも、「不倫」に対して、この主人公は、相手の妻の視点が決定的に欠落しているのが、僕にはちょっと不快でした。
「君子の交わりは水のごとし」って言うけれど、世の中にはそんな人ばかりじゃないし、そんなふうに見える人でも、ちょっとしたきっかけで「豹変」するものだから。

でも、そういう不満を持ちつつも、この小説の魅力に惹きこまれてしまったのも事実です。
瀬尾さんは、ものすごくリアルな情景描写や世界設定をするわけでもなく、この作品でも、「東京からちょっと離れた田舎の高校」というくらいの設定で、具体的な地名はほとんど出てきません。
しかしながら、「ああ、こういう町は、日本のあちこちにまだあるのだろうな」と思わせるくらいのリアリティはあるのです。
その匙加減は、まさに絶妙。
この本のなかで、もっとも「現実的」なのは、「登場してくる川端康成夏目漱石の文学作品」なのかもしれません。

瀬尾さんは、ずっと「喪失と再生の物語」を書きつづけている人であり、その「喪失」は、僕にとっても身近に感じられるものでした。
少なくとも、清はそんなに悪いことをしたわけじゃない。
でも、「責任」を感じずにはいられない。
「ひとりの人間が自分で命を絶つこと」によって、周囲の人間がどれだけ傷つけられるのか、ということも考えずにはいられなかったのです。たとえば、僕が自殺したら、息子は経済的な面ではもちろん、精神的な面でも、「何が自分の父親に死を選ばせたのか?」ということについて、悩まされるのだろうな、とかね。
好きで死を選ぶ人なんていないと思う。
でも、少なくともいまの世の中では、「自殺すること」ですら、自分だけの問題じゃない。

 教師というのは不自由な仕事だ。誰とも会いたくないときでも、たくさんの人間と接しないといけない。
 学校に続く道で、登校中の高校生の中に入っていくと、それだけで気が滅入った。いったいこの子達は何が楽しくて声高に話しているのだろう。何が嬉しくてそんなに陽気に歩くのだろう。今の自分に必要じゃないたくさんの人間に囲まれるのは、一人でいる何倍も憂鬱になる。
「何、いつにも増して不愉快そうな顔してるじゃん」
「はあ」
 朝から松井の豪快な声を聞いて、私はさらに力をなくした。
「しんどいの?」
「いいえ。体調は万全です」
「だったら、しけた顔すんなよ。教室に行く時は、どんな時もスキップと口笛。それが教師の基本だろ? な」
 口笛を吹きながらスキップで廊下を歩いている大人はちょっと怖い。だけど、松井はいつも鼻歌を歌いながら授業に向かう。そして、汗を拭きながら清々しい顔をして授業から戻ってくる。根っからの教師なのだ。授業の準備ができてなくて、胃が痛くなりながら教室に向かうことはあっても、鼻歌を歌う余裕は私にはない。

僕は瀬尾さんの小説やエッセイを読むたびに、「教師」という仕事の厳しさについて考えずにはいられません。
医者もそうだし、世間の大部分の「仕事」っていうのはそういうものなのだろうけど、あの頃、僕たちにいつも変わらない笑顔で接していた先生たちにも、たぶん、恋人とうまくいかなくて気が滅入っていた日や、家族の病気で悩んでいた日があったはずです。
でも、それを「言い訳」にすることは、許されない。

瀬尾さんが描いている「こだわらない人たち、執着しない人たちの世界」というのは、実は、瀬尾さん自身にとっても「現実がこんなふうであって欲しいという、願望の世界」なのかな、という気がします。
そして、この「根っからの教師」もまた、内心では不安や悩みを抱えていて、そんな自分を鼓舞するために「スキップと口笛」を自分に課しているように僕には思われるのです(たぶん、そのことは瀬尾さんもわかっているはず)。

あまりに登場人物たちの「ものわかり」が良すぎて、ちょっと物足りないようにも感じるのだけれど、こういう世界が物語のなかに存在することによって、元気づけられる人というのは、けっこうたくさんいるんじゃないかな。

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