琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

五分後の世界 ☆☆☆☆


五分後の世界 (幻冬舎文庫)

五分後の世界 (幻冬舎文庫)

内容(「MARC」データベースより)
五分のずれで現われた、もうひとつの日本は人口126万に激減していた。国連軍との本土決戦のさ中で、アンダーグラウンド兵士の思いは…。自分の中の情報を自覚を持って言葉にしたという著者の、472枚の力作。

僕は基本的に「春樹派」で、村上龍さんの小説は、『限りなく透明に近いブルー』くらいしか読んだことがありませんでした(村上龍さんのエッセイはけっこう読んでいるんですけど)。

この『五分後の世界』は、村上龍さんの作品のなかでも「傑作」であり、また「問題作」として知られている作品で、書店に平積みになっているのを見かけて、なんとなく手に取ってみました。普段読まない本をあえて読んでみたい気分だったので。

読み始めて、この「血と暴力と日本人としてのプライドの世界」に、僕はすごく引き込まれました。「戦場」の描写が、とにかく圧倒的で、容赦ないんですよこの作品は。そこには、「安心感」や「お約束」はほとんど含まれておらず、村上龍さんがさまざまな人々から見聞きし、また、想像した世界が広がっています。この小説を読みながら、僕は、龍さんが描きたかったのは、「人間が本当に『生きる』ためには、戦いが必要なのではないか?」ということではないかと、僕は感じました。

シルエットになって腹這いになっている男は手榴弾に付いている丸いリングをくわえて抜いた。かすかな金属音がして、窪みの中の二人が気付いた時に、手榴弾は放り投げられた。気付いた一人はライフルを連射したがそれは腹這いの男の手前の土砂を跳ね上げるだけで、やがて閃光がひらめき、小田桐は腹に響く音と共に二人の混血児が窪みの中からはね上げられるのを見た。二人とも腹が裂けて腸が垂れ下がっていた。腸のひだひだまでがはっきりと見えた。すぐ傍に落ちて腹を押さえてうめく一人を、手榴弾を投げた男は小さな機関銃で頭を撃って殺した。窪みからは血だらけになった一人がライフルを撃ち続けていて、手榴弾の爆発を合図に小田桐の後ろ側や左後方からもライフルの乾いた連続音が響いてきた。だがその音は敵の数に比べてあまりにも少なく散発的で頼りなかった。

戦場のシーンは、改行もなく、畳み掛けるような描写が続きます。そして、こういう場面は、この小説のクライマックスだけでなく、ほとんど全編わたって繰り広げられるのです。
正直、僕にとっては、「戦士として、プライドを持って生きることへの美しさ」への憧れと同時に、「こんなグロテスクな世界で生きていくのはイヤだな……」という嫌悪の情を抱かせる作品ではありました。
冒頭の戦場のシーンが延々と続く『プライベート・ライアン』みたいなんだよなあ。

ただ、この作品が、僕みたいに今の日本で安閑と暮らしている人間を「挑発」していることは伝わってきますし、目を覆った手の指の隙間から、凝視せずにはいられない「もうひとつの世界」が、ここにはあります。

小説家・村上龍を未体験の方も、ぜひ一度読んでみてください。やっぱり凄まじい人なんだなあ、と思うから。
(ただし、容赦なくグロテスクな描写が頻発する作品なので、生理的に受けつけない人も多いかもしれません)

アクセスカウンター