琥珀色の戯言

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沈まぬ太陽 ☆☆☆☆


映画『沈まぬ太陽』公式サイト

あらすじ: 国民航空の労働組合委員長・恩地(渡辺謙)は職場環境の改善に奔走した結果、海外勤務を命じられてしまう。10年におよぶ孤独な生活に耐え、本社復帰を果たすもジャンボ機墜落事故が起き、救援隊として現地に行った彼はさまざまな悲劇を目の当たりにする。そして、組織の建て直しを図るべく就任した国見新会長(石坂浩二)のもとで、恩地は会社の腐敗と闘うが……。

11月3日(祝)の19時からの回を鑑賞。
なにぶんにも200分オーバーの長尺作品なので、19時から観始めて、映画館を出たのは22時40分。「ちょっと仕事帰りにレイトショーで」観るにはあまりに長い大作です。
観客は30人程度でした。

この映画、上映時間の長さはもちろんなのですが、内容的にも「重い」作品でした。
「会社」という身近で人生を左右する組織の理不尽に対して、自分の矜持を貫き通そうとする恩地元(渡辺謙)の生涯を追いながら、僕は何度も「もう、こんな会社(国民航空)辞めたらいいのに……」と考えずにはいられなかったんですよね。

しかしながら、この映画の中で、僕の心をいちばん揺さぶったのは、「日航機墜落事故」というひとつの事故と、それによって運命を変えられ、翻弄され続ける人たちの人生の「重み」だったのです。
いつものように、出張から家族のもとに帰るはずだったお父さん、生まれたばかりの赤ん坊をお祖父ちゃんに見せにいくはずだった、若い夫婦、スチュワーデスに預けられ、「ひとり旅」で大阪の親戚のもとに行くはずだった子供、所用で同僚に勤務を替わってもらったスチュワーデス……
あの「悲劇」は、残された人々にも、大きな傷を残しました。「なぜ孫の顔が見たい、なんて言ってしまったのか……」「子供ひとりで飛行機に乗せた私が悪かった……」「勤務を替わらなければ、彼女は死なずにすんだはずなのに……」
彼らは別に「悪いこと」をしたわけでもないし、「責任」はないはずです。でも、そんなふうに考えずにはいられない。

「国民航空が悪い、整備ミスが悪い」それは確かにそうなのです。
でも、僕はこの映画を見ながら、そんなふうにシンプルに国民航空を責める気分にもなれなくて。

この映画で描かれているのは、航空機事故の悲劇と恩地元の矜持だけではなく、「社会(組織)の一員としての自分と個人としての自分とのせめぎあい」ではないかと思います。
日頃、「常に事故が起こる可能性がある職場」で働いている僕は(というか、多くの「社会人」はそうでしょう)、こんなことを考えながら観ていました。
「人間の身体に治療をする限り、『100%大丈夫』はありえない」
いまの日本で生活している人の大部分は、「事故はあってはならないことだけど、絶対に落ちない飛行機は存在しない」ことを「理解」しているはずです。
でも、自分がその「当事者」になってしまうと、「そういうこともありうるよね」とは考えられない。
僕だって、息子や家族を医療事故で失ったら、「まあ、こういうこともありうるよね」と納得することはできないと思います。
実際のところ、僕たちは、「被害者」になることもあれば、「加害者の一員」になる可能性だって十分にある。
この映画のなかで、恩地元は、あの事故に関しては「国民航空の一社員である」こと以上の責任はなさそうなのに、遺族の怒りや悲しみを受け止めなければならない。もし僕が勤める病院の接点のない科で大きなミスが起こり、見知らぬ人から、「あの病院のスタッフなら、土下座して謝れ!」って言われたら、僕はどうするだろう?

正直、あの事故の「重さ」のことばかり考えてしまって、主人公・恩地元の「会社の理不尽に屈しない生きかた」については、「大変そうではあるけど、この人はこういうのが好きな人なんだろうしねえ」という気分にもなったんですよ。
この間の『差別と日本人』の野中弘務さんの話ではありませんが、恩地の「選択」は、「正しい」ものではあっても、「現実的な解決策」ではなかったようにも思えるのです。
会社の親友(だった)行天四郎にも勧められたように「形だけの謝罪」をして、面従腹背で会社の中枢で上り詰め、そこで国民航空を「改革」したほうが、結果的には「会社のため、みんなのため」になったのでは……それができない、あるいは、あえてそうしないのが恩地という男の強さであり、弱さだということなのでしょうが、その恩地がたどり着いたのが、「アフリカの大自然の営みの前では、日本での個々の人間が抱えている問題など、たいしたものではないのだ」というような「悟り」であるというのは、僕にとっては、なんだかすごく「居心地が悪い」のだよなあ。

そうそう、個人的には、恩地と長男との牛丼屋でのやりとりに、ちょっと泣けてきました。
あんなふうに、「父親に対する寛容」を表明することができないままに別れてしまった僕としては、ね……

200分あまりの長い作品にもかかわらず、その「長さ」がつらくなることもありませんでしたし、渡辺謙さんの「格」をあらためて思い知らされます。
いろいろと疑問に感じたり、スッキリしないところもあったけど、あえて「わかりやすい勧善懲悪のドラマにしなかった」というのが、この『沈まぬ太陽』のすばらしさなんですよね、きっと。
途中で10分間の休憩があるくらい(僕は劇場で休憩時間がある映画を観たのははじめてでした)長いのですが、観終えたあと、「何かに圧倒されてしまう」数少ない作品です。
渡辺謙が嫌いじゃなければ、ぜひ一度観てみてください。オススメです。

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