琥珀色の戯言

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長い腕 ☆☆☆☆


長い腕 (角川文庫)

長い腕 (角川文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
ゲーム制作会社で働く汐路は、同僚がビルから転落死する瞬間を目撃する。衝撃を受ける彼女に、故郷・早瀬で暮らす姉から電話が入る。故郷の中学で女学生が同級生を猟銃で射殺するという事件が起きたのだ。汐路は同僚と女学生が同一のキャラクターグッズを身に着けていたことに気づき、故郷に戻って事件の調査を始めるのだが…。現代社会の「歪み」を描き切った衝撃のミステリ!第二十一回横溝正史ミステリ大賞受賞作。

某書店で「オススメ」されていたのを見て、たまには新しい作家の本も読んでみようと購入。
横溝正史ミステリ大賞」の受賞作なのですが、少なくとも前半部は、ミステリというよりも「ゲーム業界の内幕」の描写が非常に秀逸でした。とはいっても、これが書かれたのは、もう10年くらい前なので、いまは全然違っている可能性もあるのですけど。

「これをなんて呼びます?」
 ちらりと刑事は、視線を落とした。
「社内回覧板ですか?」
「これを、当社では『ラウティングスリップ』と呼んでいます」
「英語で読んでいるんですか?」
「英語じゃないです。会社に勤めたことがない者同士が会社を作ると、本来の名前を知らないので、一般的な物にも新しい名前をつけるんです。ラウティングスリップと言って通用するのは、当社と『羽田』ぐらいです」
羽田空港ですか?」
「いえ、セガ・エンタープライゼスという会社です。本社が羽田にあるので、『羽田』と呼ばれています。うちの社員は元『羽田』の人が多いので共通語が多いんです」
「それでは、違った会社間でコミュニケーションをとるのは難しい?」
「最近は、かなり改善されましたが、それでも『京都』と『羽田』の古参の制作スタッフが自分たちの方言で話をしたら、二百年前の京都人と江戸っ子との会話くらいちぐはくになるかもしれませんね」あわてて、石丸は付け加えた。「ちなみに『京都』というのは、京都に本社のある任天堂という会社ですが」

作者の川崎草志さんは、以前、あのセガ・エンタープライゼスに勤めていたことがあるということで、制作現場のエピソードにもリアリティがあって、「ゲームデザイナーになりそこなった男」である僕としては、その「ゲーム業界話」だけでけっこう楽しめました。前半部は全然「ミステリ」としては話が動かないのですが、いっそのこと、このままゲーム業界の小説にしちゃえばいいのに、と思ったくらいです。
まあ、そうもいかなかったのか、後半部は、日本の「田舎」の閉鎖性と、どこにでもつながってしまう可能性がある「開かれた」ネット社会が同時に存在しているという現在社会の「歪み」、そして、その象徴である人々による事件が展開していきます。
後半は、たしかに「横溝正史風」ではあるんですよ。
ミステリとしては、あまりに「世間が狭すぎる」など若干「御都合主義」的なところはありますし、主人公の汐路があまりに行動的すぎて不自然な感じもするのですが、ゲーム業界やネット社会に興味がある人にとっては、けっこう楽しめる作品なのではないかと思います。そもそも、横溝正史の作品だって、トリックなどはけっこう強引だったりしますしね。
獄門島』の「●●●●じゃが、しかたあるまい」とか、『犬神家の一族』のスケキヨとか。

もっとも、これは単に僕自身が「屋上」よりは「ゲームメーカー」に興味があるだけ、なのかもしれません。
「ゲーム制作会社になんて、興味ないよ」って人は、前半で投げだしてしまいそうな作品ではあります。

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