琥珀色の戯言

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横道世之介 ☆☆☆☆☆


横道世之介

横道世之介

内容紹介
楽しい。涙があふれる。本年最高の傑作感動長編!
「王様のブランチ」「朝日新聞」ほか多数メディアで激賞。

横道世之介
長崎の港町生まれ。その由来は『好色一代男』と思い切ってはみたものの、限りなく埼玉な東京に住む上京したての18歳。嫌みのない図々しさが人を呼び、呼ばれた人の頼みは断れないお人好し。とりたててなんにもないけれど、なんだかいろいろあったような気がしている「ザ・大学生」。どこにでもいそうで、でもサンバを踊るからなかなかいないかもしれない。なんだか、いい奴。

――世之介が呼び覚ます、愛しい日々の、記憶のかけら。
名手・吉田修一が放つ、究極の青春小説!


内容(「BOOK」データベースより)
なんにもなかった。だけどなんだか楽しかった。懐かしい時間。愛しい人々。吉田修一が描く、風薫る80年代青春群像。

「2010年ひとり本屋大賞」7冊目。
昨年末にたくさん出ていた「今年の面白本」では軒並み上位にランキングされていたこの本なのですが、僕は正直、「お仕着せがましいお涙頂戴青春小説なんだろ、どうせ…」と思っていたのです。
「王様のブランチ」で激賞、っていうのも、「地雷アンテナ」がキャッチしていましたし。
そもそも、暗い青春時代を過ごしてきた僕は、いわゆる「青春小説」とか「恋愛小説」がすごく苦手なんですよ。
いいよね、健全な若者諸君は、としか感じなくて。
まあ、いまも暗い中年時代を送っているわけですが。


たぶん、『本屋大賞』にノミネートされていなかったら、僕はこの本を読まなかったと思う。
そういう意味では、今年の『本屋大賞』では、『船に乗れ!』と並んで、この本がノミネートされていて良かった。


この小説は、九州・長崎から上京したての大学一年生・横道世の介の「大学生活最初の一年間」が、1ヵ月に一つの章を使って描かれています。
大学に入学したての、周囲に知り合いがいなくて不安で、偶然近くにいただけの同級生と「にわか友達」になっちゃって、同じサークルに入ったこと。
友達同士が付き合い始めるのを、複雑な気分で見ていたこと。
はじめてのアルバイト(世之介のバイトは割が良くて羨ましい!)や憧れの年上の女性。
そして、「彼女」との出会い。


ここに描かれているのは、まさに「どこにでもある、大学生活」なんですよ。
もっとも世之介に関わる人たちは、みんなどこか微妙に世間とズレていて、折り合って生きていくのに少し苦労している人ばかりです。
世之介は、彼らにとって、「自分と現実世界(世間)をつなぐ窓口」みたいなものだったのかもしれません。
ノルウェイの森』のワタナベをものすごく頼りなくしたような感じの。
でもね、40年近く生きてきた僕は知っています。
この世の中には「普通の人」なんて一人もいなくて、「誰もがどこか微妙に世間とズレている」ということを。


この物語では、「大学一年生のときの世之介と、その周囲の人々」が描かれていくのに加えて、「20年後の彼ら」が描かれていきます。
ある、ひとりの人物を除いて。
すっかり「大人」になり、まさに僕と同世代になってしまった彼らが「大学一年生の頃の自分と横道世之介」を思い出しているのを読むと、やはり僕自身も大学一年生の頃の自分や、当時自分の周りにいた人たちのことを考えずにはいられませんでした。


吉田修一さんの凄いところ、そして、残酷なところは、彼らの「つながり」を過信していないことです。
多くの「大学一年生の頃の周囲の人」にとって、20年後の世之介は、「何かの拍子にふと、『ああ、そういえば大学の頃、そんなヤツと、よくつるんでいたなあ。最近は存在すら忘れてしまっていたけど、アイツ元気かなあ……』と、思い出すことがある程度」の存在でしかありません。
実際、そんなもんなんですよね、人と人、とくに、多くの出会いと別れがある「大学一年生」なんて。
それでも、名前すら忘れてしまったくらいの旧い友人は、彼らの人生に、多かれ少なかれ、なんらかの「影響」を残しているのです。
「生涯の親友」じゃなくても、人と人とは、脳のシナプスシナプスのようにどんどん結びつき、お互いに影響しあって生きている。
どんな友情や恋愛も永遠のものではない、でも、それがほんの短い時間のものであっても、心にずっと残る「何か」は、確実に存在してます。


偉人や有名人じゃなくても、人というのは、どこかで誰かとつながっていて、何かを与え(あるいは奪い)あっている。
僕たちにも、それぞれの「横道世之介」は存在していて、あるいは、僕たちも誰かにとっての「世之介」なのかもしれません。


ところで、僕はこの小説にひとつ疑問があるんです。
それは、「なぜ、吉田修一さんは『いまの世之介』をああいうことにしてしまったのか?」という点。
なんだか、この「さりげない人と人との物語」の素晴らしさのなかで、強引に感動を煽っているようで、嫌な感じではありました。
その一方で、「人というのは、『あるドラマティックな出来事』だけが一生のなかで一人歩きしてしまいがちだけれど、本当の『人生』っていうのは、こういう小さな『つながり』の積み重ねだってことを忘れないでほしい」というメッセージなのかな、とも思うのです。

「立派? ぜーんぜん。笑っちゃうくらいその反対の人」
「そうなの?」
「ただね、ほんとになんて言えばいいのかなぁ……。いろんなことに、『YES』って言ってるような人だった」
 ハンドルを握ったままシルヴィがちらっとこちらに目を向ける。
「……もちろん、そのせいでいっぱい失敗するんだけど、それでも『NO』じゃなくて『YES』って言ってるような人……」

うまく伝えられないんだけど、平凡な人間として生きていくこと、生きていかざるをえない自分に、少し、勇気を与えてくれる本。
僕と同じくらいの40歳前後の方には、とくにオススメしておきます。

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