琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

船に乗れ! ☆☆☆☆☆


船に乗れ!〈1〉合奏と協奏

船に乗れ!〈1〉合奏と協奏

船に乗れ!(2) 独奏

船に乗れ!(2) 独奏

船に乗れ! (3)

船に乗れ! (3)


「2010年ひとり本屋大賞」9作品目。
今年は早めに全部読み終えてしまったたのですが、のんびりしているうちに、発表はもう明後日に迫ってきました。

僕はこの作品、『本屋大賞』にノミネートされるまでは全然知りませんでした。
全3巻の「青春音楽小説」だと聞いて、ああ、『一瞬の風になれ』『ボックス!』と続いた「明るい青春モノ枠」にねじ込まれた『のだめカンタービレ』の小説化みたいな話なんだろうな、3冊も読むのかったるいなあ……と思っていたのです。

この『船に乗れ!』1巻はけっこう「楽しい」し、「ちくしょう!俺の青春を返せ!」って言いたくなるほど「羨ましい」んですよ。「音楽一家」に生まれ、チェロを演奏し、名門校の受験には失敗したけれども、そのおかげで、「高校のレベルの低い音楽科」では、栄華を極めることになった主人公。才能はそれなりにあるし、才能と美貌にめぐまれた同級生の女の子ともいい関係に。
ほんと、うらやましい青春だよねえ……と、僕がリアルタイム高校生だったら、自分とのあまりの格差に、途中で読むのをやめて壁に投げつけてしまうのではないかと思ったくらいです。

ところが、2巻半ばからの「怒涛の暗転」は凄まじい。
読んでいて、「それはちょっと話が強引というか、飛躍しすぎているんじゃない?」とか、「人っていうのは、もっとゆるやか、かつ確実に自分の才能に絶望していくんじゃないの?」とか思いますし、冒頭の主人公の「語り」からしても、「きっと、ハッピー・エンドではないんだろうな……」と予想はしてしまうのですが、それでも、主人公・津島サトルが、どこへ向かっていくのか、そして、この物語に、どうケリをつけるのかを見届けずにはいられなくなりました。
それはたぶん、僕自身も「プチ津島サトル」的なところがあったからなのでしょう。
田舎の学校で「勉強ができる子」と持て囃されてきて、進学校で、大学で、そして社会で「自分の能力の限界」に打ちのめされてきた人間だから。
まあ、僕は津島サトルみたいにモテたことは一度もなかったし、芸術の世界で充実感を得たこともなかったので、それはやっぱり羨ましくもあり、また、そういう劇的な体験があった人間が、挫折をしたとき」に感じるギャップの大きさも考えずにはいられないんですけどね。

「音楽を個性的に弾くのは簡単だ」先生は静かにいわれた。「どんなこともごまかせる。一番難しいのはね、楽譜通りに弾くことだよ」
 それはおじいさまも常々いっていることだった。偉大な音楽家で楽譜通りに演奏できない奴なんざ、一人もいねえんだ、と。リヒテルのピアノやフルニエのチェロをレコードで聴くたびに、その言葉の正しさは確かめられた。楽譜に書いてあることをそのまま演奏するとは、それだけ困難な、まれにしか実現できないことなのだ。

「オーケストラで音を合わせることの難しさ」や「譜面どおりに弾くことの重要性」などが、オーケストラ体験が無い僕にもちゃんと伝わってきますし、「音楽小説」としても素晴らしい。
もっとも、これを読むと、「自分の子供を音楽に向かわせること」を、ちょっと躊躇ってもしまいます。

 何かがあったわけじゃない。マドレーヌを紅茶に浸したわけでもなければ、ボーイング747に乗っていたら『ノルウェイの森』が流れてきたわけでもない。ただ僕はもう、こんな今の自分に耐えられなくなってしまったのだ。生活の中でほんのちょっとぼんやりして、気恥ずかしくなるなんていうんじゃなくて、あの頃の自分に何があったのか、自分が何をしたのか、そしてそれらは結局どういうことだったのか、鏡を睨みつけるようにして、しっかりと向き合わなきゃいけない。そのために僕はこれを書くことにした。きっかけなんかなくたっていいんだ。これは僕が人生の中で、いつかどこかでやらなきゃならないことなんだから。それが今であることに理由はない。僕がこれ以上、自分に猶予期間を与えられなくなったという以外には。

冒頭にこんな文章があるのですが、僕はこの『船に乗れ!』、村上春樹さんの『ノルウェイの森』にちょっと似ている作品なのではないかな、と感じました。
「愛している」つもりなのに、噛み合わない関係と、大きな挫折、そして、傷を背負いながらの再生。
主人公は、全然悪いことをしたわけではないのにね(少なくとも、「ワタナベトオル」よりは)。

この『船に乗れ!』には、高校時代のことが書いてあるけれど、この作品の「苦味」も含めて味わえるようになるには、年輪が必要なのではないかと思います。
哲学の話も、最初のほうは「脱線せずにさっさと先に話を進めろよ!」とか言いたくなるのですが、最後まで読むと、その「お説教」が存在する意味がよくわかります。

ほんと「青臭い小説」なんだけど、僕はこの作品、好きです。
純粋に「面白さ」だけで言えば、今回の『本屋大賞』ノミネート作品のなかでも、一番かもしれません。

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