琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

村上春樹の秘密 ☆☆☆☆


内容紹介
国民的作家の“深層”を読み解く!

国民的作家・村上春樹の作品と本人にまつわる様々なエピソードから、その作品世界と不思議な魅力を読み解くためのカギをわかりやすくガイド。『1Q84』、『ノルウェイの森』、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』等、春樹の全作品を通じて、彼がいかに小説を書き始め、そしてどのようにして現在の作品スタイルを築き上げたかを解説します。現代文学研究の第一人者による、「村上春樹作品を読むのが10倍楽しくなる」ガイドブックです。

1Q84』の大ヒット後に乱立した「村上春樹本」の1冊、なのですが、この新書は、他の「村上春樹解説本」に比べると、けっこう読みやすかったです。
ちょっと言い方は悪いかもしれませんが、村上春樹ファンの「下世話な興味」を満足させてくれる内容が多かったので。

「先生、村上春樹って実在するんですか?」
 以前、大学の現代文学ゼミの学生からそう聞かれて面食らったkとがある。
「えっ?」と驚くと、
「みんな実物を観たことがないんですよ。テレビにも出ないし」
「でも、写真は見たことがあるだろう」
「あの宮沢賢治を細長くしたみたいな顔でしょう。それは知ってます」
「だったら実在するじゃないか」
「だけど、先生はメディアの講義でおっしゃったじゃないですか、今は、写真はパソコンでいくらでも修整したり合成したりできるから、昔みたいに記録とか証拠とかには使えないって」

このようなやりとりのあと、著者の柘植さん自身も「村上春樹は写真でしか見ていない」ことに気づき、そこから、評論家の川村湊さんと、文学研究者の栗坪良樹さんとの「現代文学会」のイベントで、「村上春樹という不思議な存在――村上春樹ってほんとにいるの?」というトークショーを開催するに至ったそうです。
そこに出席された3人のパネラー(と司会をした著者)のうち、「実際に村上春樹を見たことがある」のは川村湊さんだけ(「群像新人文学賞」の受賞祝賀会にて)で、「実物をはっきり見る」ために、川村さんは、「早稲田文学坪内逍遥大賞」の授賞式に出席されたのだとか。

 行ってみると、噂では村上春樹は出てこなくて、だれか代理を差し向けてくるだろうという話なので、ちょっと気落ちしていたら、なんと本人が登場した。ただし出席は20分間だけで、「絶対に写真を撮らないで下さい」というきびしい制限つきの登場だったという。
坪内逍遥大賞」なんて、あまり聞いたことのない文学賞だが、人嫌いの村上春樹がどうしてここに出てきたのだろうか。
 これはたぶん、村上春樹の義理堅さのあらわれのように思われる。坪内逍遥早大教授で文学部の生みの親であり、日本の演劇、特にシェークスピア劇の普及に努力した人だ、早大の演劇博物館も、その蔵書をもとにして作られた。
 だから村上春樹が卒業した「早大第一文学部演劇科」は、坪内逍遥とは縁が深い。また春樹は、
「学生時代に映画を見にいくお金がないときには、早稲田の演劇博物館でシナリオを読破した」
 と言っているので、まあいろいろと義理があったわけだ。その義理を果たした、ということなのだろう。
 とにかくそういうわけで、村上春樹は、二十分間だけ”実在”したことになる。

 また、村上さんはテレビの出演依頼はいっさい断っていて、どうしても、としつこく要求された時には、

「ぬいぐるみを着て出演していいなら出ます」

 と言うのだそうです。この「ぬいぐるみ」の話が有名になり、今では出演依頼をするテレビ局も無くなったのだとか。
 この話が事実なら、「ぬいぐるみを着た村上春樹」を、ぜひ観てみたい気もしますけどね。

 これまでの「村上春樹関連本」の多くは、やはり、「文学的に作品を解説する」のが中心で、「村上春樹というのは、どんな人物なのか?」について、私生活まで踏み込んで語られることはほとんどありませんでした。
 「そういうゴシップ記事みたいなのは『文学的』ではない」ということなのでしょうし、僕も基本的にそうは思うのですが、この「二十分間だけの村上春樹」の話を読むと、やっぱり只者じゃないというか、相当変わった人ではあるのだなあ、と感じます。こんな出席のしかたが許されるのは、皇族や大臣クラス、あるいは外国の要人くらいのものでしょうが、それが許されてしまう「村上春樹」という人は、たしかに「日本の作家のなかでは、異質な存在」なのでしょう。
 この新書には、村上さんが唯一葬儀に出席されたという、吉行淳之介さんとの「因縁」なども書かれていて、非常に興味深かったです。
 村上さんの作品世界に浸っていると、村上さんこそが「世界標準」みたいに感じてしまうのだけど、こういう「外から見た人間・村上春樹」が語られる機会はあまりないので。 
 でもなあ、『東京するめクラブ』とかでは、わりと気軽に担当編集者と食べ歩きをしてエッセイを書いたりされているので、こんな某国総書記みたいなことになっているというのは、なんだかちょっと信じたくないなあ……

 後半の「作品解説」には、あんまり目新しいところは無かったのですが、前半の「ちょっと下世話な興味をそそる村上春樹のさまざまなエピソード」は、けっこう面白かったです。
 いや、一介の「読者」としては、こんなんじゃいけないなあ、とも思うのですけどね。

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