琥珀色の戯言

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虐殺器官 ☆☆☆☆☆


虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

内容(「BOOK」データベースより)
9・11以降の、“テロとの戦い”は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう…彼の目的とはいったいなにか?大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?ゼロ年代最高のフィクション、ついに文庫化。

久々になんだか凄いフィクションを読んだような気がします。
荒削りだし、ツッコミどころというか、「ここでこの人物がこんな行動をとるのは、おかしくない?」なんて感じたところもあったのですが、そういう「登場人物の矛盾に満ちた行動」すら、この物語では、ある種の「リアリティ」につながっているように思われます。

やたらと世間の評価が高い作品だったのですが、正直、前半はグロ描写と主人公のマニアックなひとり語りが続くのみでいまひとつのめりこめませんでした。
設定が『地獄の黙示録』のパクリみたいだったし。
しかしながら、後半からエピローグにかけての展開には、リアリティを超えた「世界あるいは人間に対する作者の絶望と祈り」みたいなものが込められているような気がして、読み終えて思わずため息。「哲学」というか「生きていることの矛盾」をここまで逃げずに描き、しかも読ませる作品はめったにありませんし、終盤の「視点の転換」も見事です。

あと、もうひとつこの作品を特別なものにしているのは、作者・伊藤計劃さんの「ことば」への偏執的なまでのこだわりです。
主人公の独白。

 ぼくには、ことばが単なるコミュニケーションのツールには見えなかった。見えなかったというのは、ぼくはことばを、リアルな手触りをもつ実体ある存在として感じていたからだ。ぼくにはことばが、人と人とのあいだに漂う関係性の網ではなく、人を規定し、人を拘束する実体として見えていた。数学者が数式に実在を感じるように。虚数をリアルに思い描けるように。物理学者はことばで思考するのではない、という。アインシュタイン相対性理論をことばや数式として得たのではない、というのは有名な話だ。

「ことば」に、そんな力があるのだろうか?と僕も思います。
その一方で、「ことば」を愛するひとりの人間としては、この作品の引力にひきつけられずにはいられない。

伊藤さんが若くして亡くなられたのは、ほんとうにもったいないことだと思います。
しかしながら、早逝しても、これだけの作品を世界に遺すことができたのは、うらやましいような気もするのです。
人間、どんなに長生きすることにこだわっても、せいぜい100年余りしか生きられないし、ただ生きただけの人生だったと後悔しそうで、僕はときどき怖くなるのです。

本当に「生命力に満ちた作品」なので、ちょっとしたグロ描写や主人公の蘊蓄に耐えられるすべての皆様に、ぜひ読んでみていただきたい。

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