- 作者: 米澤穂信
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2006/06/10
- メディア: 文庫
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出版社/著者からの内容紹介
一九九一年四月。雨宿りをするひとりの少女との偶然の出会いが、謎に満ちた日々への扉を開けた。遠い国からはるばるおれたちの街にやって来た少女、マーヤ。彼女と過ごす、謎に満ちた日常。そして彼女が帰国した後、おれたちの最大の謎解きが始まる。覗き込んでくる目、カールがかった黒髪、白い首筋、『哲学的意味がありますか?』、そして紫陽花。謎を解く鍵は記憶のなかに――。忘れ難い余韻をもたらす、出会いと祈りの物語。気鋭の新人が贈る清新な力作。
1991年にはじまった「ユーゴ内戦」のことを憶えていますか?
日本からは遠く、また、あまりつながりを実感することもない国での話であり、僕にとっては、「セルビア人による虐殺と国連軍の介入・NATOの空爆」などの断片的な記憶があるくらいだったんですよね。
ここ数年、オシム前日本代表監督のユーゴ代表監督時代のさまざまなエピソードや、ストイコビッチが語る「セルビア側からみたユーゴ内戦」など、サッカー絡みの「ユーゴ内戦に翻弄された人々の記録」を読む機会が多くなりました。
逆にいえば、日本では、「有名サッカー選手に関する話でもなければ、あらためて振り返る機会は少なかった戦争」とも言えるのでしょう。
僕はワールドカップを観ながら、「うーん、スロバキアとかスロベニアとか、似た名前で間違いやすいよなあ。そういえば今回はクロアチアは出てなかったんだっけ?セルビアはいるけど、あの大虐殺の国だし、そもそも、あの地域の分裂した国がそれぞれ別のチームとして弱体化しつつ出てきてもねえ……」
要するに、「みんな似たような国だろ」と思いこんでいたんですよ。実情もよく知らないまま。
この『さよなら妖精』を読んで、そんな自分が情けなくなりました。
この小説、かなり強引な設定(だって、難民でもない外国人の少女が、いきなり街を歩いていて、しかもそこで2か月生活できるなんて、まずありえない!)です。
にもかかわらず、読んでいると、自分が高校時代にマーヤに巡りあってしまったような感覚がありますし、主人公たちの「若さゆえの苛立ち」みたいなものに、自分もシンクロしてしまうのです。
ニュースで伝えられる「戦争」は、「まあ、人間の業みたいなものだよな……」と俯瞰してしまいがちだけれど、「その国で生きてきて、そこで生き続けていかなければならない人」の姿を目の当たりにすると、やっぱり、同じ人間として、いろいろ考えずにはいられなくなります。
「国際社会」は、セルビアを「悪者」にして、この紛争を「わかりやすく」しようと思ったけれど、好きで「虐殺」をやる人なんて、たぶん、どこにもいない。
ユーゴスラビアという国は、チトーという一人のカリスマによって支えられていた国だったのでしょう。
結果的に、カリスマの力が大きすぎて、「結びつきようがない、異質なものたち」が一時的にひとつにまとまってしまったことが、悲劇のはじまりだったのかもしれない。
でも、あの第二次世界大戦後の時代には、「ユーゴスラビア」という結びつきが正しいと、多くの人が信じていたのです。
ユーゴスラヴィヤは、『南スラヴ』が一つであるようにとの名前です。それは最初は噓だったかもしれません。歴史はわたしたちを忘れるかもしれません。
でも、わたしたちはもう、存在しています。きっといつか……。いつかは、わたしたちユーゴスラヴィヤ人が、7つめを造り出すのです。
七つの国境(イタリア、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ギリシア、アルバニア)
六つの共和国(スロベニア、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、マケドニア)
五つの民族(スロベニア人、クロアチア人、セルビア人、モンテネグロ人、マケドニア人)
四つの言語(スロベニア語、セルビア語、クロアチア語、マケドニア語)
三つの宗教(正教、カトリック、イスラム教)
二つの文字(ラテン文字、キリル文字)
一つの連邦国家
と言われていたそうです。
チトーが目指した、「7つ目の共和国=ユーゴスラビア共和国」は、結果的に失われてしまいました。
これらの共和国は、北にある国ほど経済的に恵まれていて、「スロベニアは、ユーゴスラビアのなかでも、もっとも豊かな地域であった」なんてこと、僕は全然知りませんでした。
大学時代、部活に明け暮れているあいだに、少しでも新聞やニュースに接していればよかったな、と思います。
これは「ミステリ」という看板で入りやすくした「青春小説」であり、米澤穂信さんの「誤解されたまま滅びていった遠い国を少しでも知ってもらいたい」という叫び。
いま中学生・高校生くらいの人(が、ここを読んでくれているのかどうかわかりませんが)には、ぜひ、読んでみてもらいたい一冊です。