琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

結婚失格 ☆☆☆☆☆

結婚失格 (講談社文庫)

結婚失格 (講談社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
男にとって別れはいつも「寝耳に水」。家の鍵は取り換えられ、妻の雇った弁護士から身に覚えのない非難の文書が。親権をめぐる裁判所での話し合いは、想像を絶する冷酷な展開に…。子どもたちに会いたい!男女の温度差が激しいとされる「離婚」を男の視点で描き、賛否両論を呼んだ衝撃の実録小説。

いま現在、結婚していて、男の子がひとりいる僕にとっては、なんというか、「他人事とは思えない」作品でした。
ある日突然、「離婚」を突き付けられた男の「書評」の形を借りた実録小説。
ここで紹介されている本のほうが、桝野さんの状況・心境を語るための道具として「選ばれている」のではないかと思われます。

「子供たちだけでも手いっぱいなのに、あんたの食事をつくるのがいやになった。週末以外は仕事場で生活してほしい」
 棒読みのように香に言われ、風呂なし・トイレ共同の仕事場で一人暮らしをするようになった数ヶ月前から、また五十七キロをキープするようになった。共同の台所はあるが、二つのガスコンロのうち一つは壊れている。
 食事をつくってもらいたくて結婚したのではない。本人に伝えたことはないが、速水は香のつくる手料理が苦手だった。香が好きなのは生の素材をそのまま活かした、文字どおり血のしたたるような野性的な食べ物。速水は素材からできるかぎり遠い、命のにおいがしないものばかりを食べていたかった。香や子供たちをよく外食に誘ったのも、外食ならそれぞれが好きなものを別々に注文できるからだ。速水のほうが誘ったときは可能なかぎり速水が代金を払うようにしていた。が、どうやら香は外食という行為そのものが嫌いだったらしい。
 週末だけ家族で過ごすシステムにしてからは日々の些細な衝突は減り、このまま家庭を平和に続けることができるのではないかと思っていた。「もう二度と自宅には来ないで」と言われた晩も、なぜ突然そこまで嫌われてしまったのかが全然ぴんと来なかった。香と速水が共に愛読していた岡田斗志夫の『フロン』(海拓舎)には、離婚というのものはたいていの夫にとっては「寝耳に水」なのだと書いてある。妻のほうは少しずつ「あんたを嫌いになっちゃうけど、構わないの?」というサインを出しているのだが、夫のほうはそんなサインには気づかないものだ……と。そのくだりを読んで「なるほど」と思っていたのに、やっぱり速水にとって香の申し出は寝耳に水だった。

 この作品は、終始「速水の視点」で描かれています。
 「家庭内暴力」「ストーカー行為」などの速水からすれば「身に覚えがまったくないこと」が、「妻からの申し立て」で既成事実化されようとしていて、速水はそのことに困惑しつつも、愛する子供たちに会えないことを嘆き続けます。
 もちろん、これはあくまでも「速水の視点」であって、実際には、これらの行為が、妻の側からみれば存在していた可能性はあります。「暴力」はさておき、愛し合っているものどうしなら「自然な距離」でも、嫌いになれば、「ストーカー行為」になってしまうケースだってあるでしょう。
 それにしても、この作品から伝わってくる速水は、「子供たちにとっては、よき父親であり、妻の仕事を尊重する、落度の少ない夫」のように、男である僕には思えるんですよ。
 にもかかわらず、ふたりの間の「溝」は、埋まるどころか、どんどん開いていく一方。
 離婚の理由として「浮気」とか「夫のギャンブル」「実家との関係」なんて話はよく耳にしますが、現実には、そんな「わかりやすい理由」が存在しないケースが多々あるのでしょう。こういうのが、「性格の不一致」ってやつなのかな。
 速水の「子供に会いたい」という気持ちは、痛いほど伝わってくるのだけれど、その一方で、「もし僕がこんな形で離婚することになったら、ここまで子供に会いたいと思うだろうか?」なんてことも考えます。いまでも「ああ、子供がいなければ、もうちょっと『自由』になれるのになあ!」と思うこともあるから。まあ、「自由」になって、本を読んだりゲームをしたりできるようになったら、自分が幸せになるというわけでもないというのは、理屈ではわかっているつもりなんだけど。

 だれもいない薄暗いサウナルームに入る。『ヤング晩年』の中にこういうくだりがあった。

 たとえば演劇やってる友人、というものほど困ったものはないですけど(……ごめんなさい)、友達だったら我慢してお金払ってその芝居を観に行って、啞然とするほどつまらなくても「面白かったよ」と言ってあげるものです。それを「つまんねーよ」と正直に言ってあげることが愛情だなんてことを言う人がいますけど、当人にしてみれば友達「にまで」そんなことは言われたくないに決まってるじゃありませんか。

 その考えは速水には「ない」ものだったので虚をつかれる思いがした。速水は香のドラマの感想をいつも可能なかぎり正直に伝えるようにしていた。当人にしてみれば夫「にまで」そんなことは言われたくなかった……のだろうか。思い返せば香との大喧嘩は、たいてい香が仕事で煮詰まっているときに起きた。香がどんな作品を書いても「面白かったよ」と言ってあげていれば、今、こんなことにはなっていなかったのか。だとしてもそんな嘘をつくことが自分にできたのか。

 速水のことを「誠実すぎる男」だったのだと言いきってしまえば、「理由」は明確になるのかもしれません。
 たしかに、配偶者「にまで」日常生活の場で「自分でもわかっている非」を責められるのは、すごくつらいし、心が疲弊していきます。
 しかしながら、二人がお互いのことを好きになり、尊敬しあった時期には、「自分の作品や行為を、歯に衣着せずに率直に評価してくれること」が、新鮮だったり、「この人は自分を高めてくれる」なんて感動したりするんですよね。もちろん、結婚してからも、そういう「率直さ」をキープし続けることを求める夫婦も少なくない。
 結局、そこには「個々のケース」があるだけで、「普遍的な正解」なんて存在しません。
 そして、個々のケースでの「より正解に近い答え」も、日々、移り変わっていくのです。
 つきあいはじめの「正解」が、結婚後の「禁忌肢」になることもあります。
 ほんと、読んでいて、「いたたまれない」。

 内田春菊は小説『犬の方が嫉妬深い』(角川書店)で、元夫をモデルにしたと思われる男性のことを徹底的に非難している。あの小説を読んだ当時はまだ、小説のヒロインに肩入れしていた。だが今は、ヒロインに捨てられた駄目夫のほうに共鳴しそうだ。あの夫の立場をいくらでも弁護してあげられそうだと思う。
 本書の箸休め的コラムにこう書いてある。これも香が考えていそうなことだ。

 暴力にもいろんな形があるしね。手を挙げるだけでなく、じわじわと永い年月をかけて、人格を無視し、勝手な期待をかけ、自分の思う方向に事実を捻じ曲げて行く、そんな暴力だってあるのだ。
 それはとても説明しにくくて、ほのめかすだけでは絶対にだれからも気づいてもらえなかった。

 それはあなたの被害妄想で、彼はあなたに期待をかけ、あなたを愛していたのでは……と言いたくなってしまう。その愛があなたの望むものとちがっていたのなら、ちがっていると言葉で告げてあげなくては、彼は気づけないでしょう?

 たぶん、人間関係って、一度こうなってしまったら、言葉で告げられても、どうしようもなくなっちゃうのではないかなあ……
 いや、そういうのって、「他人事」だから言えることで、僕も当事者になったら、やっぱり「それならそうと言ってくれよ!」って思うだろうけど……

 この文庫版では、町山智浩さんの強烈な「解説」が、速水の独白に酔った読者に、冷水をぶっかけてくれます。

『結婚失格』では、速水が自分は「クスリもギャンブルも一切やらない良い夫だ」から離婚されるのは理不尽だと断言するくだりで思わず吹き出してしまった。これはジョークなのか? そもそもこんな考えでAV監督が務まるのか?
「飲む打つ買う」は確かに離婚の原因にはなるかもしれない。でも、「飲まない打たない買わない」こと自体は愛される理由にはならない。実際、酒とクスリと女でグズグズの太宰を女も男も読者も愛した。速水の問題の本質は、妻に愛されなくなったことなのだ。結婚は契約だが、愛は契約ではない。「落ち度がない」人間でも愛せなければおしまい。
 もうひとつ笑ったのは、速水が自分への不満を言葉にしなかった妻を責める言葉だ。
「何も言わないで相手に自分の気持ちをくみ取ってもらおうなんて、虫がよすぎるんじゃないか。こっちは超能力者じゃないんだから」
 これが中学生ではなく三十五歳の男の言葉なのだから笑うしかない。黙って耐えた相手を責めながら、それを察しなかった自分を詫びる気持ちはカケラもない。そもそも、人が恋人や友人に求めるのは、言葉を尽くさなくてもわかってくれることじゃないのか?

 町山さんは、「あえてこんなキツイことを書いている」のだと思います。というか、そう思いたい。
 ここまで「速水の視点」で、この世界を視てきた僕にとっては、この町山さんの「解説は、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』のクライマックスの実写映像を観てしまったときのような、「仮想世界に酔っていた人間が現実世界に引き戻される、バツの悪さ」を感じずにはいられないものでした。
 そして、この「解説」とのコントラストによって、この文庫版『結婚失格』は、いっそう、身につまされる作品になっているのです。

 「読まなければ読まないほうが幸せな世界」なのかもしれないし、これを読むことによって、「賢い結婚生活」につながるかは疑問です。
 でも、この「世界」から、僕は目が離せませんでした。
 「結婚生活」って、ほんとうに難しくて、滑稽で、そして、哀しい。


 自分は「結婚合格」と言い切る自信がないすべての男性に、ぜひ、読んでみていただきたい作品。

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