琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

佐藤可士和のクリエイティブシンキング ☆☆☆☆


佐藤可士和のクリエイティブシンキング

佐藤可士和のクリエイティブシンキング

内容紹介
クリエイティブとは「知恵」である――前提を疑い、創造的な考え方で問題を解決するために必要なクリエイティブ能力の「育て方」と「使い方」をトップクリエイターが伝授!

キリンビール』の親子CMから、携帯電話のデザイン、「ふじようちえん」のリニューアルまで。
いまをときめくトップクリエイター、佐藤可士和さんが、その「創造的な思考」のコツを明かした本。
……なのですが、一読して感じた率直な印象は、「この厚さだし、書かれている『発想術』も、そんなに特別なものじゃないし、割高な本だなあ」というものでした。

しかしながら、考えてみれば、分厚い本にダラダラと書かれているよりは、ずっと読みやすいですし、「発想術」も、そんな驚くようなものじゃないからこそ、僕にでも実践できる可能性があるんですよね。

 トレーニングのコツとしては、気になるものに出会ったら、積極的にいろいろなタグを付けてみることです。僕が消火器にクロムメッキのタグもつけたように、”タグ=ものの見方”と捉えて、多方向から分析してみるのです。特に何に使おうと決めずに、とにかく意識的に行っているうちに、イメージの引き出しがだんだんと増えていくでしょう。ブログでも、よりたくさんのタグを付けておくことで、そのテーマに関心のある人がPC上で検索した際、記事を読みにきてくれる確率が高くなります。つまり、記憶の検索エンジンを充実させればさせるほど、検索した際にさまざまな切り口(=モノの見方)がヒットするようになってくるのです。
 好きなものはもちろん、嫌いだと思うものに関しても、トライしてみることがポイントです。「なぜ好きなのか? なぜ嫌いなのか?」。こう考えながら、その理由やキーワードとなるタグをどんどん付けていきましょう。自分が好きなものに関しては比較的ロジカルに把握しやすいのですが、嫌いなものや興味のないことに関しては、つい遠ざけたくなってしまうために、なかなか自分の意識の中に入ってこないものです。嫌い理由を考えたり、興味のないことに向き合ったりするのは非常に難しく、「生理的に受け付けないから」と、一言で片付けてしまいがちです。
 しかし、そこをあえて考えてみることで、より高度なトレーニングができます。

 この本を読んでいると、佐藤さんのさまざまなアイデアというのは、「頭の中のひらめき」だけに頼っているのではないのがよくわかります。
 この「タグをつけてみる」という話もそうですし、他の章では、「どんなに簡単なものでもいいから、イメージを『絵』にしてみる」という手法が紹介されています。
 ドコモの「キッズケータイ」のデザインを依頼された佐藤さんが書いてプレゼンした「イメージ」を見て、僕は正直「こんないいかげんな子どもの落書きみたいなのでいいの?」と驚いてしまいました。
 佐藤さんは多摩美術大学出身で、「精巧な絵」だって書こうと思えばいくらでも書けるはずなんだけど、むしろ、シンプルなイメージだからこそ「伝わる」こともあるのだよなあ。
 絵が苦手な僕には、「とにかくイメージを形にしてみる」というのは、耳の痛い話なのですが、実は「きちんとした絵」じゃなくても十分な場合も少なくありません。
 タグの話にしても、「絵にしてみる」という話にしても、「誰でも本気でやろうと思えば、すぐにできるはずのこと」なのです。
 しかしながら、そういう「ちょっとめんどうなこと」を継続してやれる人間というのは、本当に少ない。
 もちろん、僕も「明日からはちゃんと絵を描く!」って言いながら、一生描きはじめられないタイプなのですが……
 結局、この「ひと手間」の積み重ねが、人生において、大きな差になっていくのかなあ、なんて考えてしまいます。

 あと、「デザイン」に関するこんな話は、非常に興味深かったです。

 デザインとは、問題を解決するために思考や情報を整理して、コンセプトやビジョンを導き出し、最適な形にして分かりやすくその価値を伝えていく行為です。「デザイン=表層的な形や美しさを作ること」だと思われがちですが、デザインを”ソリューション”として捉えるべきだと思います。単なるひらめきや思いつきだけで作られたものは、一見、格好良く見えたとしても、長く人の心に残るものではないでしょう。そういうものは、本当の意味ではデザインされていないと言ってもいいのかもしれません。以前、コラムニストの天野祐吉さんと対談した際に、「外見と中身を分けて考えている人がいるが、外見は一番外側の中身なんです」とおっしゃっていましたが、これは、デザインの本質を突いた言葉ではないでしょうか。中身の考え方を正しく表に表せているものが、デザインされたものということなのです。

 僕は(自分の外見に自身が無いこともあって)、「人間が外見じゃない、中身だ」(って言うほどの中身もないんですが)と十代から二十代前半くらいまで、ずっと、自分に言い聞かせてきましたが、この天野祐吉さんの言葉の意味、年を重ねた今は、とてもよくわかります。結局のところ、人間の「外見」と「中身」を切り分けるのは不可能なんだよなあ。
 この「デザインとは」の件には、なるほどなあ、と感心するばかり。

 そんなにコストパフォーマンスが良い本だとは思わないのですが、このくらいのほうが最後まで読みやすいのも確かです。
 たしかに、この本に書いてあることがきちんと「実践」できれば、それなりの「クリエイター」になれそうな気もしますし。
 
 でも、「誰にでもできそうなこと」だからといって、「誰にでもやり続けることができる」とは限らないんだよね。
 

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