琥珀色の戯言

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乙女の密告 ☆☆☆


乙女の密告

乙女の密告

内容(「BOOK」データベースより)
京都の大学で、『アンネの日記』を教材にドイツ語を学ぶ乙女たち。日本式の努力と根性を愛するバッハマン教授のもと、スピーチコンテストに向け、「一九四四年四月九日、日曜日の夜」の暗記に励んでいる。ところがある日、教授と女学生の間に黒い噂が流れ…。(わたしは密告される。必ず密告される)―第143回芥川賞受賞。

読み終えての最初に思ったのは、「ああ、小川洋子さんが好きそうな作品だなあ」ということでした。
アンネの日記』がモチーフになっているところや「アンゲリカ人形」などの小道具の使いかたは、すごく小川さんっぽい。
この作品のテーマはそんなに斬新なものではなくて、「アンネを密告した犯人」がわかる場面では、「ああ、いかにもよくある文学的結論だ」と僕は思いました。
ただ、それが悪いというわけではなくて、その結論に至るまでのプロセスや舞台設定がこの小説の魅力ではあるのですが、あまりに舞台設定にこだわりすぎて、「女子大生の話」というよりは、「女子大の演劇部の舞台」を見せられているような気分になってくるのもまた事実。
いくらなんでも、現実にはそんな喋り方する女子大生、いないだろ……と、つい考えてしまうんですよね。

もっとも、「日常を切り取った小説」ばかりの「現代文学」にちょっと飽きてきている僕としては、この「思いっきり宝塚っぽい世界を登場人物に演じさせている小説」が、ちょっと新鮮だったのも事実です。あと、「乙女」っていうのがキーワードなのかもしれないけど、あまりに濫発されすぎていた印象。

僕もたまにですが人前で喋る機会があるのですが、「忘れるんじゃないかという恐怖」というのは、すごくよくわかるような気がします。
子どものころのピアノの発表会や学生時代の弁論大会、大人になってからのプレゼンや講演やスピーチ……不思議と間違えたり忘れたりするのって、同じところなんですよね。
この小説を読んでいると、そんな緊張を思いださずにはいられなくなります。

「ミカコ。アンネがわたしたちに残した言葉があります。『アンネ・フランク』。アンネの名前です。『ヘト アハテルハイス』の中で何度も書かれた名前です。ホロコーストが奪ったのは人の命や財産だけではありません。名前です。一人一人の名前が奪われてしまいました。人々はもう『わたし』でいることが許されませんでした。代わりに、人々に付けられたのは『他者』というたったひとつの名前です。異質な存在は『他者』という名前のもとで、世界から疎外されたのです。ユダヤ人であれ、ジプシーであれ、敵であれ、政治犯であれ、同性愛者であれ、他の理由であれ、迫害された人達の名前はただひとつ『他者』でした。『ヘト アハテルハイス』は時を超えてアンネに名前を取り戻しました。アンネだけではありません。『ヘト アハテルハイス』はあの名も無き人たちすべてに名前があったことを後世の人たちに思い知らせました。あの人たちは『他者』ではありません。かけがえのない『わたし』だったのです。これが『ヘト アハテルハイス』の最大の功績です。ミカコは絶対にアンネの名前を忘れません。わたし達は誰もアンネの名前を忘れません」

ここまで登場人物に「主題」を語らせる「小説」は、やや饒舌すぎるのではないか、と僕には思われます。
そして、この『乙女の密告』という作品は、『アンネの日記』を知らない読者にとっては、「なんか作者が勝手に盛り上がっているだけの『乙女ごっこ』みたい」に感じられるのではないかなあ。
そんな『アンネの日記』を知らない人なんているのか?と驚かれるとすれば、僕にとっては嬉しいことなのですが、たぶん、『アンネの日記』の概略は知っていても、実際に読んだことがある人は、そんなに多くないはずです。

それでも、この「主題」にこめられた、作者・赤染晶子さんの気迫に圧倒されたのは間違いありませんし、「名も無き人たちすべてに名前があったこと」を忘れないようにしなければな、と考えさせられました。
この「乙女ワールド」、僕には馴染めなかったのだけど、なかなか面白い作品でした。

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