琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

ケチャップの謎 ☆☆☆☆☆


内容説明

イデアと先見性とで、その後の世界を大きく変えた、
マイナー・ジニアス(小さな業界の天才)たちの物語。

第1章 TVショッピングの王様   
テレビと実演販売を融合させた「TVショッピング」。この手法を初めて考案したのは“伝説の実演販売人(ピッチマン)”として名を馳せたロン・ポピールだった。万能野菜カッターや家庭用ロティスリー(肉焼き器)を全米中に売りまくった男の“販売の極意”とは?

第2章 ケチャップの謎 
アメリカのスーパーでは、何十種類ものマスタードが売られている。だが、ケチャップは大ブランド「ハインツ」がほぼ棚を独占している。なぜ、ハインツ社のケチャップは、ここまでポピュラーになったのか? そこには、“革命的なケチャップ”をつくった同社の秘策があった。

第3章 ブローイング・アップ(吹っ飛び)の経済学
ビジネス書の傑作『ブラック・スワン』で一躍時の人となったナシーム・タレブ。そのタレブは、有名になる前から「変わり者のトレーダー」だった。「いつか必ず破滅的な事態が起こる」可能性に賭け、毎日損を出し続ける不思議な投資戦略。だが、正しかったのはウォール街ではなく彼だったのだ!

第4章 本当の髪の色    
1950年代のアメリカ。「髪をブロンドに染めるのは、コーラスガールか売春婦」とされた時代に登場した家庭用ヘアカラーは、瞬く間に全米中の女性たちに広まっていく。その流行は、ヘアカラーに“あるメッセージ”を託した二人の天才的な女性コピーライターがつくり出したものだった。広告業界関係者必読!

第5章 ジョン・ロックの誤解
避妊薬のピルを開発したハーバード大医学部教授のジョン・ロックは、熱心なカトリックでもあったため、できるだけ「自然な避妊法」にすべく、ピルに“ある決まり”をつくる。だが、その決まりのために、ピルを服用する女性たちは大きな悩みを抱えることになった・・・・・・。

第6章 犬は何を見たのか?
どんな猛犬もたちどころに大人しく、まるで“天使のような犬”にさせることができる、カリスマ調教師のシーザー・ミラン。その秘密は、犬の“ある習性”を利用した、彼の独特な身体の動作にあった。シーザーが動くとき、「犬は何を見ている」のだろうか?

この本は面白かった!
日本での、この手の「新しいアイディアやモノの見方で、社会にインパクトを与えた人」の本は、主人公の「苦労と成功」がドラマティックに描かれます。そして、読者も、その主人公に感情移入せずにはいられないのです。
しかしながら、このエッセイ集では、新しいアイディアや優れた製品を持って登場した人物が、必ずしも「勝つ」とは限りません。
一度は成功しても、その勝利が長続きしなかったり、新たなチャレンジャーに打ち負かされたりもします。
これだけ取材相手の内面にまで踏み込みながらも、その相手に遠慮せずに書かれているのは、ほんとうにすごいことだと思います。

僕がとくに面白いと思ったのは、表題にもなっている「第2章・ケチャップの謎」。
この章では、冒頭にひとりの「革命家」が登場します。
ケチャップ界の巨人・ハインツに対して、「ワールズ・ベスト・ケチャップ」という自ら開発したブランドで戦いを挑んだ男、ジム・ウィゴン。

 ウィゴンは、レッドペッパー、スパニッシュオニオン、ガーリック、高級なトマトペーストを使う。バジルは手で刻む。フードプロセッサーでは葉を傷めてしまうからだ。コーンシロップではなくメープルシロップを使うことにより、糖分をハインツの4分の1に抑えた。10オンスの透明なガラスの広口壜に詰めてハインツの三倍の値段をつけ、ここ数年、全米各地の高級食料品店やスーパーマーケットをめぐっては、6種のフレーバー(レギュラー、スウィート、ディル、ガーリック、カラメル・オニオン、バジル)を売り歩いている。

ウィゴンは、「より良いケチャップをつくれば、世界中から注文が殺到するに違いない」と確信していたのです。
でも、彼の「挑戦」の結果は、惨憺たるものでした。

このワールズ・ベストとハインツのケチャップの比較評価が、カンザス州立大学の官能分析センターで行われたそうです。

 ハインツのケチャップは「風味の重要な構成要素、すなわち酸味、塩味、トマトID(全体的なトマトらしさ)、甘味、苦味――がほぼ同じ濃度で感じられ、しかもうまく調和している」と評価された。いっぽうのワールズ・ベストは「ハインツとはまったく違う意見、まったく異なる結果が出ました」。チェインバーズ(官能分析センターの運営者)が言う。甘味の匂いの強さについて言えば、ハインツが2.5、ワールズ・ベストが4.0。トマトらしさについて言えば、9対5.5と圧倒的な差でワールズ・ベストがハインツを上回っていた。だが塩味が少なく、ビネガーも感じられない。
「要素がまったく調和していない、という意見も出ました」とチェインバーズ。
「ワールズ・ベストは振幅が非常に小さかったのです」
 ジム・ウィゴンはハインツに対抗するために、メープルシロップを使ったりトマトの濃度を高めたりするなど、思い切った手段に出なければならかなった。だが、そのために大胆で独特な風味になった。例えば、ワールズ・ベストのディル入りケチャップは揚げたナマズ料理とは抜群に相性がいい。しかし、同時にそれは、ハインツのような官能的な完成度に欠けるという意味でもあり、振幅の項目では高い代償を払っていた。
 鑑定人のひとり、ジョイス・ブッシュホルツが指摘する。
「おもにこんな結論が出ました。ワールズ・ベストはむしろソースに近いように感じられた、と」
 これはウィゴンにとって有益なヒントだろう。

 ワールズ・ベストが「ハインツと差別化しよう」として、高級な材料を使ったり、トマトを濃厚にすればするほど、「バランス」は崩れていってしまいます。
 最初の一口のインパクトはあったとしても、ずっと食べ続けたくなる味には、なかなか結びつかない。
 この話を読むと、いままで長い間のリサーチを積み重ねてきた「定番の味」に、「新興勢力」が挑むのは、ものすごく無謀であるように思われます。

 「コカ・コーラペプシは何と言っても見事です」。ニュージャージー州チャタムにある、センサリー・スペクトラム社の副社長ジュディ・ヘイルマンが解説する。
「どちらも美しい音色です。つまり風味のバランスが絶妙なんです。あれだけのバランスを実現するのは非常に難しい。例えばスーパーの自社ブランドコーラを飲むと……」。そこでヘイルマンがピッ! ピッ! ピッ! という音をたてる。「……あらゆる特徴が尖っていると言うか、たいてい最初に柑橘系が来ますね。次がシナモン。柑橘系とシナモンが甲高く目立って非常に不安定です。対照的にバニラは深く沈んでいます。とりわけ安価なコーラは、シナモンが大きく分厚く目立ち、すべての風味の上にどっかりと腰をおろしているような感じです」。

もちろん僕はこんなに上手に言葉にはできませんが、「プライベートブランドの食品・飲料」に感じる、「なんとなく物足りない後味」みたいなのは、こういうことだったのかな、と納得できました。

あと、第6章・犬は何を見たのか?で紹介されている、「どんな猛犬でもおとなしくさせる調教師」シーザー・ミランのこんなエピソードも印象的でした。

(シーザーの妻となったイルージョンが、結婚当初を振り返って)
「もともとシーザーは男尊女卑的な考えの持ち主で、世界が自分を中心に回っていると考えるような自己中心的な人物だったわ。シーザーの考えでは、結婚とは男が女に”命令”するものだったの。愛情は与えない。思いやりも理解もなし。結婚は男を幸せにしておくためのもの、それ以外の何ものでもなかったのよ」
 結婚して間もないころ、イルージョンが病気になり、三週間入院した。
「シーザーがお見舞いに来たのは一度きり。しかも二時間もいなかった。私、ひそかに思ったわ。この結婚はうまく行ってない。シーザーは自分の犬と一緒にいたいだけなんだって」
 赤ん坊が生まれたが、お金がなかった。そして別れて暮らすことに。イルージョンはシーザーに「離婚したくなければセラピーに通って欲しい」と告げた。シーザーは仕方なく同意した。
 再びイルージョンが言う。
「ウィルマという名前のそのセラピストは、アフリカ系アメリカ人で強い女性だったわ。そのウィルマがシーザーに言ったの。「あなたは奥さんに面倒を見てもらい、家の中を掃除してもらいたいんですね。され、奥さんもあなたに望んでいることがあります。あなたの優しさと愛情です』」
 イルージョンは、シーザーが一心不乱にメモを取っていたことを覚えている。
「シーザーは書きながら叫んだのよ。『それだ! 犬と同じだ。犬も運動と規律と愛情が必要なんだ』って。私、憤慨しながらシーザーを見たわ。だってどこの世界に、夫婦の話をする場面で、犬と比較する男性がいるのかしら?」
「あのころ、僕は闘っていたんだ」とシーザー。
「女性ふたりにああだこうだと責め立てられてね。僕はその闘いを心の中から追い出さなければならなかった。すごく難しかったよ。だけどそのとき、頭の中で電球がぱっと灯ったんだ。女性には女性の心理があるんだ、とね」
 シーザーは街角の野良犬をなだめることはできたが、自分の妻についてのごく単純な真実も理解していなかったのだ。

 すごく不思議で、変な話である一方で、人間って、こんなものなのかもしれないな、とも僕は感じます。
 「動物好き」であることが、「人間好き」であることと繋がらない場合も多いのです。
 「女性には女性の心理があるんだ」って、そんなの当たり前のことなんだけど、そういうことって、けっこう忘れがちでもあるんですよね。
 本当に、身につまされる話だなあ……

 このエッセイでは、こういう「天才たちのマイナス面」もしっかり描かれていて、それが、内容に深みを与えているのです。


ところで、このエッセイを読んでいてすごく気になったのが、この本のなかでは、大事な言葉文章(だと著者か訳者が思っているところ)が、わざわざ太字にされているんですよね。
あの勝間和代さんが「訳者」ということなのですが、もし勝間さんが、こんな昔のテキストサイトのような「フォントいじり」をこの本に採用したのだとしたら、なんでそんなことをしたのか気になります。
「どこがこの文章のポイントなのか」考えるのも読み手の愉しみのはずなのに、余計なお世話というか、読んでいてバカにされているみたいに思えてくるのです。
日本人にはなじみの薄いテーマもあり、若干とっつきにくいかもしれませんが、「世の中には、こんなものの見方があるのか」と、新鮮な気持ちになれるエッセイ集です。

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