琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

トイ・ストーリー3 ☆☆☆☆☆

参考リンク:『トイ・ストーリー』ディズニー・オフィシャル・ホームページ

あらすじ: アンディがおもちゃで遊んでいたのも今は昔。アンディは大学に入学する年齢になり、カウボーイ人形のウッディたちおもちゃは託児施設に寄付されることになった。しかし、そこに待っていたのは乱暴な子どもたち。ウッディは脱出に成功するものの、アンディの元へ行くか、仲間たちを助けに戻るかの究極の選択を迫られる。

2010年15本目の劇場鑑賞作品。3D版を観賞。

8月28日、夏休み最後の土曜日でしたが、レイトショーなので子どもは全くおらず。観客は若いカップルを中心に40人くらいでした。
幼稚園〜小学生くらいの子どものリアクションを観てみたいなあ、と思っていたので、ちょっと残念。
でもね、観終わってみると、この『トイ・ストーリー3』というのは、子供向けの映画というよりは、『トイ・ストーリー』を子どもの頃に観た大人たちのための映画なのかもしれないな、と思いました。
ラストの「せつなさ」は、たぶん、「いま、子どもをやっている人たち」には、伝わらないと思うから。
もしかしたら、いまこの映画を観た子どもたちが、将来自分の子どもがおもちゃと遊んでいるのを見ながら、「ああ、そうだったな……」と、この映画のことを思い出すこともあるかもしれないけれども。

この映画、もうすぐ40歳になる僕が観ても、すごく面白かったし、ラストはちょっと泣きました。
正直、前半に関しては、オモチャたちの種類や動きの豊富さたや映像の面白さには感動したのだけれど、アンディやオモチャたちの「変わり身の早さ」にガッカリしましたし、オモチャたちの「新たな居場所」での態度には、「遊んでもらえるのが最高の幸せ、って言うのなら、小さな子どもに手荒に扱われたくらいですぐに『職場を変えてくれ』なんて、『ゆとり』にも程がある、もうちょっと自分たちの立場をわきまえて我慢すればいいのに……」とも感じました。
なんかもう、「すぐに転職したがる若者」を見る中年社員みたいな心境で。
一方で、アンディへの忠誠を曲げないウッディに対しても、「お前は『お気に入り』だからなあ……」という黒い感情を抱いてしまったのも事実。
でもさ、あそこはほんと、多少手荒に扱われることはあったとしても、オモチャにとっては「楽園」だと思うぞ、「遊んでもらえるのが最高の幸せ」なら。
あれで、あいつがあんなに悪党じゃなくて、優しく「キツイだろうけど、もうちょっと我慢しようよ、それがオモチャの役目なんだから」って言われたら、どうだったんだろうなあ、この物語。
そもそも、「人間の成長によって、オモチャは捨てられる(あるいは忘れられる)運命にある」のは間違いありません。
でも、オモチャに心があったとしたら、捨てられるオモチャは、どう思うのだろう?
これって、子どもの頃から、オモチャや身の回りのものを「擬人化」してしまっていた僕にとっては、けっこう重いテーマでした。
大学に連れていかれて、机の片隅に置き去りにされるウッディと、屋根裏部屋でずっとずっと、ホコリをかぶって、「いつか遊んでもらえるかもしれない日」を待つ仲間たち。
でも、それは人間側にとっては、「当たり前のこと」。
そりゃ、大学生になっても、ウッディやバズで「ごっこ遊び」をしていたら、「心配な大人」ですしね。
まあ、結局は、そういう「オモチャに対する人間の罪」みたいな話に深入りすることなく、途中からは、いつものオモチャの冒険活劇になってしまったので、安心して観ることはできたのですけど。

そんなことを考えつつも、僕はこの映画、すごく楽しめました。
ワガママなオモチャたちに多少不快感を抱きつつ。
「オモチャが動き出す」という映像の力は素晴らしいし、この映画、とにかく「仕掛け」が楽しいんですよ。
「うまくいった!」と一安心する、まさにそのタイミングで出てくる、次の難関。
張られた伏線が回収されるときの「ああ、こういうことだったのか!」という快感。
イベントの演出やタイミングの素晴らしさで、この『トイ・ストーリー3』を超えるアクション映画は、なかなか思いつきません。

そして、ラストのせつなさ。
アンディとウッディの「選択」は、なんというか、僕自身がいままで見捨ててきたオモチャたちへの「贖罪」を代わりにやってくれたようにも感じました。
親になってみて気づいたけれど、ほんと、子どもがオモチャで遊んでいるのを見る(あるいはそれに参加する)ときほど、幸せな気分になれることって、そんなにないんじゃないかな。
僕もこうやって、自分の「世界」をつくってきたんだな、って、懐かしくもあり、それを失くしてしまったことが、少し寂しくもあり。
時代が変わり、子どもが手に持っているオモチャの形は変わっても、人間の子どもたちは、ずっと、同じ「成長のための儀式」を繰り返している。


ピクサージョン・ラセターは以前「『トイ・ストーリー』のオモチャたちは、ピクサーのスタッフの分身である」と言っていたそうです。
『1』から15年、古参のスタッフたちは、みんな年を重ね、「親」にもなっていきました。
そういう「年輪」みたいなものが、この『3』には、刻まれています。
ウッディやバズは、彼らにとって、大事な子どもたちであり、また、「先生」でもあったのではないかなあ。
そして彼らは、ウッディやバズに、この物語で「永遠の命」を吹きこんだのです。

本当に素晴らしい映画、歴史に遺る傑作なので、未見の皆様は、ぜひ劇場で。
やっぱり『トイ・ストーリー1』『2』は観ておいたほうが楽しめます。

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