琥珀色の戯言

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勝手にふるえてろ ☆☆☆


勝手にふるえてろ

勝手にふるえてろ

内容紹介
片思い以外経験ナシの26歳女子が、時に悩み時に暴走しつつ「現実の扉を開けてゆくキュートで奇妙な恋愛小説。3年ぶりの注目作!

内容(「BOOK」データベースより)
賞味期限切れの片思いと好きでもない現実の彼氏。どっちも欲しい、どっちも欲しくない。恋愛、しないとだめですか。

毀誉褒貶はありましたが、いままでの「綿矢りさ」のイメージを打ち破りたいという決意は感じられた『夢を与える』から、もう3年も経ってしまったんですね。
そういえば、『夢を与える』は文庫化されていません。
いまの文庫化のサイクルから考えると、単行本発売から3年というのは、かなり間隔が空いているように思われますし、もしかしたら、著者の意向で文庫化されていないのかもしれませんね。
「商売」として考えたら、この『勝手にふるえてろ』の単行本発売のタイミングで文庫化するべきでしょうし。
ちなみに、Wikipediaの記述によると、

発行部数 [編集]
インストール(ハードカバー) 60万部
インストール(文庫) 29万部
蹴りたい背中(ハードカバー)127万部
蹴りたい背中(文庫) 18万部
夢を与える(ハードカバー) 18万部
(出典はすべて河出書房新社のホームページより)

『夢を与える』は、発売当初はそこそこ話題になったものの前2作ほどは売れず(とはいっても、「文芸書」としては十分すぎる売れ行きなんですが)、綿矢さん自身も「今後の方向性」に迷っていたようです。
最近の「活動」は、小説を書くことよりも、文学雑誌で石原慎太郎さんや高橋源一郎さんの「話し相手」になってばかりでしたし。

この小説、初読での印象は「なんだか、本谷有希子っぽいなあ」というものでした。
それも、「クライマックスでの『暴走』がマイルドで、笑えるポイントも少ない本谷有希子」。

主人公の「26歳で、彼氏いない歴=年齢という女性」の「現実世界にうまく適応できない感覚」は、ものすごくリアルで、僕も「ああこんな感じ!」と自分の記憶と照らし合わせながら読めたんですよね。
ただ、主人公の「2人の男」、学生時代からの妄想のなかの恋人である「イチ」と現実ではあるけれども、まったく恋愛の対象としては魅力がなさそうな「ニ」については、僕は「どっちもしょうもないなあ」としか思えませんでしたし、主人公の最後の「選択」も「現実への適応」なのか「妥協」なのか、それとも「全部が妄想」なのか、よくわかりませんでした。
いやしかし、「モテない人間のはじめての恋愛」なんて、こんなものなのかもしれないよね。僕もこんな感じだったかも。
全体的には、「ウザいものを、ちゃんとウザく書けている小説」で、すごく巧いんだけど、あんまり面白くはないです。

『夢を与える』で、「脱・綿矢りさ」を目指した著者が、3年間の逡巡のすえ、「みんながイメージしている綿矢りさらしい文体」を再現して「復活」したこの作品。
たしかに、「らしい」作品になっています。
しかしながら、それはそれで、「進歩していない」ような気がするのも事実で、『夢を与える』では「綿矢りさらしくない」と言われ、若くして独自の文体で人気作家になってしまった綿矢さんは、やっぱり大変なんだろうなあ。
いっそのこと、もっと軽くいろいろなものを書いてみればいいのに、と思うのだけれど、綿矢りさという「看板」の重さが、それを許さないのだろうか。

 中学のときも高校のときも、強気な女子がこわかった。彼女たちはいちクラスメイトとして目立つこともなくひっそりと教室の片隅で生きている私を、野生の勘ですぐ見つける。私が空いばりして強気ぶっても、彼女たちははったりだと本能的にすぐ気づき、さらに自分のほうが強いとさりげなく示すために、私をおもしろい人認定して、いじる。
 野生に勘を無視して相手より上に立とうとしても絶対にうまくいかない。でも最近は、人間どうしが会ってすぐに野生の勘で相手の優劣を決めるあの一瞬、ヒトが重視しているのは相手の人間としての器の大きさや身体能力の高さではないと思うようになった。相手のなかで悪がどれだけ多くを占めているか、また守るべきものがどれだけ少ないかですべてが決まる。簡単なたとえをすれば、まじめ女子がギャル女子に負けるのは、ギャル女子のほうが腕っぷしが強そうだからではなく、ギャル女子のほうが悪どくてこわいものなしだから。一方のまじめ女子はワルいことをあんまりしたことがなくて、優等生と呼ばれる地位や平和な学生生活など守りたいものがいっぱいあるから弱い。

僕の感覚としては、ごくごく一部「器の大きさで他人を圧倒できる人間」は存在すると思います。
でも、これは確かに「一般的には正しい」。
とくにネットのなかでは、「守りたいものがいっぱいあると弱い」と感じます。
綿矢さんが、26歳にしてこんな気持ちを主人公に抱かせるようになった経緯を想像すると、悲しくなってしまう。
芥川賞を獲り、プロの作家となることと引き換えに、失ったものは少なくなかったのだろうなあ。

最後になりますが、この長さの小説(ハードカバー)が1200円というのは、ちょっとどころじゃなく高いと思います。
スマートフォン版は1000円なのだそうですが、著者の「ブランド力」に頼りすぎなのでは。
せめて、ハードカバー版は1000円だよね、それでも「割高」な感じはするだろうけど。

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