琥珀色の戯言

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田中角栄の昭和 ☆☆☆☆


田中角栄の昭和 (朝日新書)

田中角栄の昭和 (朝日新書)

内容(「BOOK」データベースより)
田中角栄とは、いったい何者だったのか?時代によってつくられ、時代をつくりかえた政治家。大衆の欲望を充足させた、悲しき代弁者。死したのちにも強力な「遺伝子」を残した絶対権力者―。昭和史研究の第一人者が異能宰相の軌跡を検証し、歴史のなかに正しく刻印する。

1970年代前半生まれの僕にとって、「田中角栄」という人は、物心ついたときから、「賄賂をもらいまくって『ヨッシャ、ヨッシャ』と高笑いしている」「日本の闇将軍であり、政治のダークサイドの象徴」というイメージがありました。
金と数の力で日本の政治を思いのままに動かし、地元にサービスしまくっているおかげで衆議院議員の選挙に落ちることはありえず、絶対的な権力を握っていた男。

そういえば、僕が小学校の頃、家のマイコン(シャープX1)に、『日本の首領―首相の犯罪』というゲームが出たんですよね。
テープ版で、やたらとロードに時間がかかった記憶がありますが、これ、某ロッキード社からワイロをもらって便宜をはかった日本の首相『タナカ』(仮名)を、検察役のプレイヤーが、関係者の尋問と家宅捜索で追いつめ、実刑判決を勝ち取るというゲームだったのです。
どんなに頑張っても、『タナカ』には執行猶予がついてしまい、悔しくてプログラムを解析までした記憶があります。
あのゲーム、結局クリアできなかったんだよなあ。
いま、政治家のスキャンダルであっても、あんなゲームを出したら即座に訴えられるでしょうから、当時のパソコン(マイコン)ゲーム業界のマイナーっぷりがうかがえます。

この新書では、田中角栄の生まれから、戦後、若くして衆議院議員に当選し、「コンピューター付きブルドーザー」として自民党のなかでカネと権力を握っていく過程、そして、国民的な期待のなかで首相の座につき、日中国交回復など、外交では成果を得たものの、地価高騰などで国民の不満がつっていったこと。そして、ロッキード事件で首相の座を追われ、「闇将軍」として過ごした余生が関係者の話や当時のメディアに書かれていたことなどを中心にまとめられています。
この新書の特徴は、「ロッキード事件」や「闇将軍」という首相就任以後の後半生を中心に語られることが多い「田中角栄」という人間の、青年時代から若手議員時代、そして、「やり手」として自民党内で頭角をあらわすまでのことに、多くのページが割かれていることだと思います。
逆に「ロッキード事件以後」のことは、すでに語り尽くされていると著者が判断したのか、ボリュームは少なめです。

尋常小学校を卒業した少年・田中角栄は、中学校に行けるだけの学力を有しながら、経済的な理由で進学を断念して働くこととなりました。
しかしながら、彼はあるきっかけで15歳のときに東京に出て、3年間で4回も転職しながら、19歳のときに自分の建設会社を起こすのです。
とにかく、この人の圧倒的なバイタリティには、太平洋戦争前後という時代背景があるにせよ、驚かされるばかり。
「短期間で転職を繰り返している」というだけで、「ダメなヤツ」だというレッテルを貼られそうなものなのに、田中角栄という人は、どこに行っても「仕事ができるヤツ」として評価されるのです。
そして、徴兵されたものの、病気により満州から本土に戻って事業を再開した田中角栄は、終戦後政治の世界に打って出て、最初は落選の憂き目をみますが、しだいに「選挙の勝ち方」を身につけていきます。

しかし、この本を読んで、僕は「人心掌握術」や「組織をまとめる力」を駆使し、日本の首相にまでのし上がったこの田中角栄という人が、不思議でもあったのです。
田中角栄は、「日本のトップに立つ」ことを切望していたけれど、結局のところ、彼の「目標」は、トップに立つことであって、「首相として何かをすること」ではなかったのかな、と。

それと同時に、田中角栄という人の生い立ちと政治家としての生きざまを見ていくと、自ら「土地コロガシ」をやって資金集めをしていた「カネに汚い政治家」の「事情」もわかるような気がします。

 昭和30年代の自民党には官僚出身者の政治資金集めと、藤山愛一郎のように私財を投じての政治活動があったが、田中は、このような構図を見て、まったく独自に資金調達の手法を考えだしたといってよいだろう。それが幽霊会社を使っての土地売買であったり、自らの関連会社の不動産部門の拡充であったりした。加えて自民党の要職に就いて政治力を身につければ自らの選挙区に優先的に公共事業を回すことは容易であり、それがしばしば政治資金に還流するとの知恵を身につけたのである。
 したがって、田中の政治資金の手法が批判されるとすれば、先述のように田中が育った時代の自民党の政治風土が問われなければならない。田中はその政治風土が生んだもっとも「正統的な金権政治家」であると、私は考えているが、一面で田中が政治力を身につけるにはそれしか有効な手だてがなかったとも言える。田中を擁護するつもりはなく、田中は日本の政治風土が生んだ政治家そのものだった、という意味である。

鳩山由紀夫前首相が「実家からものすごい金額の『お小遣い』をもらっていた」というニュースには、驚きと「いい大人であり、一国の有力政治家が、親のスネをかじっているなんて……」という揶揄が入り混じった反応がありましたが、ああいうことをしなければならないくらい、いまの日本で「政治家」をやるにはカネがかかるのです。
学歴がなく、「官僚」からの支援も得られず、「私財」も持たない田中角栄という人が、あの時代に日本の首相になるには、ああいう方法しかなかったのは、まぎれもない事実だったのでしょう。
そして、その「手法」は、いまの政治の世界にも、連綿と受け継がれているのです。
民主党の小沢さんは、田中角栄の「直系」なのですから、自民党政権民主党政権とは言うけれど、「根っこは同じ」なんですよね。

学歴も財産もない「庶民」たちが、これまでの「選ばれた人間たちだけのもの」だった政治の世界に「カネと実行力」で風穴をあけた田中角栄という男に当時の日本国民が惹かれた気持ち、いまの僕にはよくわかります。
とか言いつつも、どうみても自分たちの生活をラクにはしてくれそうにない小泉さんの「改革」を圧倒的に支持するのも「大衆」なんだよなあ。

この新書を読んでいると、僕がいままで田中角栄という人について「誤解」していたことがたくさんあったこともわかりました。
僕は田中角栄首相は、ロッキード事件が発覚したことによってダメージを受け、退陣したのだと思っていました。
でも、「退陣の理由」は、それだけではなかったのです。

 田中に対する国民の期待は、辞任直前の世論調査で見ると、支持率が12%になっていることでもわかるように極端なまでに落ちていた。この12%というのは戦後最低の数字だった。逆に支持しないも69%になり、これは歴代内閣での最高に達していた。今太閤と賞賛されたその身が今は幻滅の対象となった。月並みな表現をすれば、栄光の後にはあまりにも悲惨な現実が待ち受けていたのである。新聞の中には、二年四ヵ月余の”セカセカ政治”田中政権が庶民にのこしたものはなんだったのか――」と題して、諸物価の値上げを報じるものもあった。
 それによれば、土地譲渡価格は「(昭和)47年の8兆7100億円から48年は15兆700億円となった」とあるし、全国消費者物価指数は「46年を100とすると、47年7月に110.7に、49年9月には159.2」になったという。勤労者の実質賃金指数は、「45年を100とすると、48年9月に97.8、49年2月には88.3」にまで落ちこんだ。
 田中内閣になって庶民の生活はかなり厳しくなったのである。日本社会が住みづらくなったというのが庶民の本音でもあった。

田中角栄の「日本列島改造論」には、「開発によって、都会と田舎の格差をなくそう」という意味あいもありました。
田中角栄自身が、新潟の自分の選挙区で行ったことを、日本中に広げることが、彼の目標だったのかもしれません。
しかしながら、「日本国民総田中角栄化」により、土地の値段は跳ね上がり、物価は高騰し、人々の生活は苦しくなっていったのです。
田中首相の辞任は、ロッキード事件だけではなく、こういう「経済政策の失敗」も大きな要因となっていたようです。

田中角栄という人は、「義理と人情」に篤い、古いタイプの日本人という先入観を僕は持っていたのですが、田中角栄の考え方や「実際にやったこと」は、昔の日本人というより、むしろ、「現在の『過剰な拝金主義』の日本人」に近いのではないかという気がします。
田中角栄は、「古くさい」のではなく、「新しすぎた」のかもしれません。

最後に、この新書で紹介されていたエピソードをひとつ。

 思えば田中は「昭和という時代」のさまざまな側面を具現化した政治家であった。田中の側近、あるいは親しかった人たちが、田中をさまざまに評しているのだが、越山会の幹部が、田中を評して「田中さんは恥ずかしいということを知らない。それが長所でもあり短所でもあった。日中国交回復で万里の長城へ行ったとき漢詩を発表したが、文法もデタラメ。それがあの人は平気だった」と語っている。側近として常に周辺で見ていたのだから、この指摘はあたっているのだろう。

この話を読んで、僕は田中角栄の「凄さ」を痛感せざるをえませんでした。
「恥ずかしがらない人」ではなく、「恥ずかしいということを知らない人」だった、田中角栄・元総理。
戦後もっとも期待されて首相となり、もっとも罵倒されて首相の座を追われた男。


今年で没後17年。
そろそろ、「歴史」として、田中角栄という人物のことを、冷静に再検証するべき時期なのではないかな、と思います。

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