琥珀色の戯言

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キッドのもと ☆☆☆☆☆

キッドのもと (ちくま文庫)

キッドのもと (ちくま文庫)

内容紹介
数々のヒット本を世に送り出してきた浅草キッドのふたりが満を持して出版する、初のエッセイ集。自らの生い立ち、浅草フランス座での修行時代、たけし軍団での活躍、笑い道、子を持つ親としての子育て論を、自らの筆で熱く語る。

『お笑い 男の星座』や『本業』などの著作もある浅草キッド
この本のもとになっているエッセイ『キッドの素』が連載されている『GetNavi』でも読んでいたのですが、本当に面白いし、師匠・ビートたけしや「コンビ」であるお互いについて、そして、それぞれの「家族」のことなど、笑えて、そして泣ける素晴らしいエッセイ集です。
お二人は僕より少しだけ年上なのだけれども、過ごしていた時代の空気は共通しているし、「青春をこじらせてしまった人間」のひとりとして、素直に二人を応援したくなりました。
今回、このエッセイを読んでいて意外だったのが、玉袋筋太郎さんの「読ませる力」でした。
水道橋博士の文章の上手さは、「ルポライター志望だったこともある」というのも納得できるもので、僕も以前から「すごいなあ」と思っていたのですが、玉袋さんの場合は、「荒削りだからこそ、飾りのない気持ち」が伝わってくるんですよね。
こういう「2人の往復(この『キッドのもと』は、必ずしも「往復」はしていないのですが、ひとつの事件や同じ時期について、2人それぞれの視点で語られているところはたくさんあります)エッセイ」の場合、どちらかひとりが圧倒的に上手いと、なんだかすごくアンバランスな印象になってしまうのですが、この『キッドのもと』は、読みはじめは水道橋博士の項が好きだったのですが、最後のほうは玉袋筋太郎さんの回が楽しみになってきたのです。
こういう「逆転現象」が起こってくる「2人で書いたエッセイ」にはハズレが無いんですよね。

水道橋博士の項より。

 異人と言えば、ボクが通った中学の同級生からは、実にさまざまな、風変わりな人間が生まれた。
 現在、ザ・クロマニヨンズのボーカルとして、ロックのカリスマ的な存在でもある、甲本ヒロトもそのひとりだ。彼もまたボク同様に、当時、学校生活に馴染めていなかった。
 ボクたちは、すでに”十四歳”の時から落ちこぼれていた。
 ヒロトが作ったザ・ハイロウズの名曲『十四才』は、ある日、少年がロックの神様から啓示を受ける瞬間を唄ったものだ。今もこの歌を聴くたびに、ボクはともに同じ場所で同じ十四歳だった、あの中学時代に舞い戻ってしまう。
 そして、学校に居場所のなかったボクたちが、あの頃、実はすでに”使命”を受け、今のこの”天職”を授かっていたのではないか、と思うのだ。
 さらにもうひとり、同級生には、2003年に一連のオウム事件で死刑判決を受けた、”尊師の主治医”中川智正もいた。
 彼は中学地雷、成績優秀であり、周囲から輝かしい未来を託されていただろう。
 しかし、人類滅亡のシナリオを書いた彼は、中学時代からすでに未来の居場所を奪われていたのだろうか?
 偶然にも、同じ中学の同じ学年に居合わせた「ロックのカリスマ」「カルト教団の医師」「たけし軍団の漫才師」――まるで漫画の『20世紀少年』のようだ。

ああ、僕自身は、こういう「登場人物」にはなれなかった人間だけれど、「誰もが、ひとつの選択の違いで、どこか遠いところに行ってしまったかもしれない時代」であったことは、すごく実感できます。
プロレス好きで、ルポライター・竹中労ビートたけしに狂おしいほど憧れ、ついには東京でたけしさんの「追っかけ」になった水道橋博士
高校を卒業したら就職するはずが、「高校生活最後の思い出に」と参加したイベントで、たけしさんと直に接することができ、「弟子入り」することになった玉袋筋太郎
どちらかというと「頭で考えることに偏ってしまいがち」な博士と、「悩むより、一歩前に出る」タイプの玉袋さん。

水道橋博士の項より)

「殿、浅草キッドの名前をください!」
「おぉ、これ、いい名前だろぉ、やるよ!」
 と、直々にこのコンビ名を頂戴した。
 この時、晴れて「弟子志願」から「弟子」に認められたと思った。
 ビートたけしが、ボクたち、浅草キッドの産みの親にして、名付け親でもあった。そう、ビートたけしは、師匠であり、父親そのものなのだ。

このふたりって、たけしさんに憧れ、「一緒にお笑いをやる」という共通の目的がなければ、そんなに仲良くなる機会は無かったのではないかと思うのです。
でも、ふたりは、「戦友」として、お互いの個性の違いを認めながら、切磋琢磨し続けています。
僕は「浅草キッド」の漫才を、ずっと昔に何度か見たことがあるのだけれど、正直、あんまり記憶には残っていません。
そんな僕も、この本を読んでいると、ふたりの「漫才」を、いま、ちゃんと見たいと思うのです。

そうそう、この本のなかで、おふたりが、それぞれの「家族」について語っている文章で、僕は何度か目頭が熱くなりました。
「笑いに変えてしまう」ことが商売の芸人だからこそ、みんなが書けない「家族に対する本当の気持ち」を、ネタに昇華して語ることができるのかもしれません。
なかでも、この玉袋筋太郎さんの文章には、大笑いしたあと、じわっと涙があふれてきました。

 そうだ、最後にオヤジが知らない、オヤジが死んじゃった後のエピソードを教えてあげるよ。
 オヤジが死んですぐに、お袋が家族を呼んで形見分けをした時のこと。まあ、オヤジのことだから形見なんて大したものはないんだけど、愛用していたダンヒル、デュポン、カルティエのライターや、ロレックスの時計なんかが出てきてさ。それをもらって、オレは喜んでたんだよ。
 形見分けも一通り終わったところで、お袋が思い出したように「あたし、どうしても気になるものがあってさ」って言ったんだ。
「どうせ大したもんじゃないと思うから、あんたにあげるよ」
 それは、オヤジの寝室の箪笥の上にあった、二つの大きな茶封筒だった。お袋の背丈じゃ届かない場所だったから、オレが来た時に取ってもらおうと、ずっとそのままにしていたらしい。
 ひとつ目の袋に手を伸ばして中身を取り出してみると、一本のビデオテープが出てきた。見るとテープのラベルには、オヤジの筆跡で『洗濯屋ケンちゃん』と書いてあった。
 ちょっと待ってよ! これ、もうかれこれ二十年以上前のエロビデオだよ! しかも、オレも中学時代に友達から1万円で入手して、サル以上にカキまくった初期の裏ビデオじゃん! なんで、こんなものが形見分けの最後の最後に出てくるんだ!
 たぶん当時、お店の客からもらって、それをずっと隠してたんだな、オヤジは。「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」っていうが、オレのオヤジが死して留めたものは、よりによって「洗濯屋ケンちゃん」かよ。ひとこと言ってくれれば、オレがもっとすごいビデオを用意してあげたのにさ。
 もう情けなくて、家族全員で大爆笑だったよ。
 お袋が買い物に行っている間に、オヤジはこのビデオで抜いていたのかなぁ。オヤジが必死になって隠してた、そんな一本のビデオテープを手にしたら、なんだか急にオヤジとの距離が縮まったような気がしたんだ。

 もうひとつの茶封筒にも「秘密」が隠されていたのですが、それは実際にこのエッセイを読んでいただいて、ということで。
 「ビートたけし」「浅草キッド」を知っていて、嫌いじゃなければ、絶対に楽しめる(そして、ちょっと「人と人との絆」について考えさせられる)素晴らしいエッセイ集です。

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