琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

トロン:レガシー ☆☆☆☆



あらすじ: デジタル業界のカリスマ、ケヴィン・フリン(ジェフ・ブリッジス)が謎の失踪(しっそう)を遂げてから20年たったある日、27歳に成長した息子サム(ギャレット・ヘドランド)に父ケヴィンからのメッセージが届く。サムは、父ケヴィンの消息を追って父のオフィスに足を踏み入れるが、そこには衝撃的な真実が待ち受けていた。

2011年最初に映画館で観たのはこの作品。
1月5日(水)のレイトショーで観賞しました。
お正月気分がまだ残っているかと思いきや、館内は10人程度の入りで、観客は全員男。
まあ、なんというか、「男子が好きな映画」なんだろうな、とは思います。

1982年に公開された『トロン』は、「初めてコンピュータ・グラフィックスを大々的に導入した映画」として話題になったのですが、作品への評価は「CGが安っぽくみえる」とか「ストーリーが意味不明」など、かなり辛口のものが多かった記憶があります。
僕は当時小学生だったので映画館で観ることはできず(でも、『トロン』は、週刊マンガ雑誌やマイコン雑誌などでも、かなり採り上げられていたのです)、何年かあとにテレビ放映かレンタルビデオで観たような記憶だけは残っているのですが、内容はすっかり忘れてしまっていました。
なんかレーザービームみたいなのがたくさん出てくる画面だったな確か、というくらいのものです。

ただ、『トロン』というタイトルだけは、「CG映画の草分け」として、当時マイコン少年だった僕の記憶にもずっと残っているんですよね。

この『トロン:レガシー』、ストーリーは、かなりわかりにくい+独自用語が多くて、何がそれを指しているのか理解するのが困難なのですが、観客にいちいち「世界観」を説明するよりも、「とにかくこの派手な最新3D映像とCG技術を楽しんでください、これは、そういう映画だから」と開きなおっている気がします。
でも、それは僕にとっては、妙に納得できてしまうんですよね。
だって、『トロン』って、もともとそういう「CGで作られた未知の映像体験のための映画」なのだから、その遺産を受け継いだ作品が、「人間ドラマ」になるっていうのもヘンな話だし。
なんかすごいものが観られるんじゃないかな、というワクワク感はかなり満たされたので、ストーリーはさておき、僕はけっこう楽しめました。


この映画で語られる、数々のSF映画へのオマージュや、主人公の父子のやりとりをみていると、けっこう感慨深いものはありました。
ジェフ・ブリッジス(『トロン』にも主演していたんですね)は、「若い頃の姿」が、CGで精巧につくられていて、かなり驚いたのだよなあ。

28年前といえば、僕の両親が、ちょうどいまの僕と同じくらいの年齢だったはずで、両親が40歳くらいのときに「未来の映像」として体験したものを、僕は「まあ、今の時代はこんなものなんだろうな」と斜に構えながら観ていました。
僕はいま、この『トロン:レガシー』を観て、「いま2歳の息子にとっては、これが『スタート地点』で、ここから、もっと凄い『映像体験』をしていくのだろうな」と考えずにはいられません。

コンピューター=悪、人間の曖昧さ=善、人工物=悪、自然=善、というような「定型」は、『トロン』にはふさわしくないという気がするのですが、ゲーム・グリッド(闘技場)やライト・サイクル(バイク)でのバトルはまさに、「28年前の僕が、観たいと思っていた映像」だったし、僕は、自分がいままで生きて、こんなにCGが進化した時代を体験していることに、不思議な気分になったんですよね。

28年前の『トロン』があったから、いまのCG技術がある。
『トロン』は、高評価を得た作品ではなかったけれど、その「遺産」を、僕たちは確実に受け継いでいるのです。
当時のスタッフが、やろうとしてできなかった映像が、28年かけて、ようやく現実のものになりました。

たぶんこれ、観るのであれば、映画館の大画面+大音量+3Dで観るべき映画だと思います。
ホームシアターでもあれば別ですが、家庭用テレビでレンタルしてきたDVDを観ても、本来の魅力は伝わらないはず。
28年前、『トロン』にガッカリした人、楽しめた人のどちらにも観ていただきたい、そんな映画です。
逆に、『トロン』に良くも悪くも「思い入れ」が無い人にとっては、「意味不明の人たちが、いきなりフリスビーで殺し合いをはじめて大騒ぎするだけの駄作」なのかもしれないという、一抹の不安も抱きつつ。

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