予防接種は「効く」のか? ワクチン嫌いを考える (光文社新書)
- 作者: 岩田健太郎
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2010/12/16
- メディア: 新書
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◎ 内 容
「本当に効くのか?」「副作用は?」「自閉症やぜんそくになる
のでは」「自然にかかるほうがいいに決まっている」......。
予防接種が感染症による死者や後遺症を減らしてきたという
功績は、歴史的に明らかなようでいて、未だにワクチンに対する
懐疑的な意見はあとをたたない。
また、世界的に医療の優れている国・日本だが、
こと予防接種となると、なぜか先進国の中でも遅れた状態にある。なぜ、ワクチンは嫌われるのか。
開発と副作用による事故をめぐる歴史も振り返りつつ、
今の日本の医療政策、メディア、そして医療の受け手側の問題点
などを、一つ一つ明らかにしていく。
新型インフルエンザ、多剤耐性菌問題、ホメオパシー、ゼロリスク
など、最新のトピックも分析しながら、
ワクチン問題の「好き嫌い」と「正邪」の部分を切り離し、
読者を新たな視点に導く、新しいワクチン論。
◎ 目 次
はじめに
1章 ワクチンをめぐる、日本のお寒い現状
2章 ワクチンとは「あいまいな事象」である
3章 感染症とワクチンの日本史......戦後の突貫工事
4章 京都と島根のジフテリア事件......ワクチン禍を振り返る
5章 アメリカにおける「アメリカ的でない」予防接種制度に学ぶ
6章 1976年の豚インフルエンザ......アメリカの手痛い失敗
7章 ポリオ生ワクチン緊急輸入という英断......日本の成功例
8章 「副作用」とは何なのか?
9章 「インフルエンザワクチン」は効かないのか?
......前橋レポートを再読する
10章 ワクチン嫌いにつける薬
あとがき
一般の人たち向けの新書なのだろうし、僕があえて読む必要はないかな、でも、あの岩田先生の本だし、どんなふうに書かれているか興味あるなあ……
ということで、手にとってみました。
読んでみての感想としては、たぶん、いままで僕が読んだことがあるこの手のワクチンについての本のなかで、もっともわかりやすく書かれており、著者の講演を直接見ているような気分になりました。
この本、ワクチンの話だけではなく、「本当に科学的なものの見方」を教えてくれる、良い入門書でもあると思います。
岩田先生は、こう仰っておられます。
科学者はいつでも「現在の常識」を捨てる覚悟を持っていなければいけません。そうしなければ医学の進歩はあり得ないからです。
しかし、不思議なことに、本来もっとも柔軟な頭脳と臨機応変な態度を必要とする医学者ほど、保守的で頑迷で、狭量だったりします。大学の医者なんてとくにそうです。ほんと、不思議だなあ。
僕らはですから、「今の常識」をいつでも捨てることができる、柔軟な頭と勇気を持つ必要があります。どんな見解も頭から「正しい」と鵜呑みにしない、健全な猜疑心も重要です。
多くの人は、科学的な吟味と自らの信念を混同しています。「この学説を信じる」「信じない」という物言いがそれを象徴しています。
僕はある病気の治療についての論文を紹介した時、ある医者から、
「先生はこの論文を信じますか」
と訊かれて、えらくびっくりしたことがあります。科学論文が読んで吟味するだけで、信じたり信じなかったりするものではないのです。その論文が妥当かどうかは検証できますが、「信じるべきか」どうか、という命題は科学的ではありません。
でも、多くの議論は、妥当性の吟味というよりはむしろ、信念の主張に費やされてしまうのです。僕はこのことを、有名な「前橋レポート」を例に検討してみたいと思います。
この新書の真骨頂は、まさにこの「信じる」「信じない」という発想を捨てて、「その論文が妥当かどうかを検証する」ことに徹していることなんですよね。
岩田先生は、「ワクチンの効果」を提示するとともに、「ワクチンの副作用の実際」や「ワクチン接種によって起こった、日本や海外での大規模な感染」についても具体的な事例を紹介されています。
まずワクチンというのは、絶対的な存在ではありません。ワクチンを接種されたとしても、やはりその病気にかかってしまうことは、あります。反対にワクチンを打たなくても病気にかからないラッキーな人もいます。
つまりワクチンとは、あくまでも相対的な存在なのです。白黒はっきりしない煮え切らない存在なのです。このことをまず認識すべきでしょう。
例えば、インフルエンザワクチンを接種してもインフルエンザになってしまう人はいますし、ワクチンを打たなくてもかからない人はいます。
しかし、たくさんの人を集めて数えてみると、やはりワクチンを打った人の方がワクチンを打たない人に比べるとずっとインフルエンザにかかりにくいのです。
結局のところ、どんなに安全管理を徹底しても、いまの人間の能力では、どうしても「予期せぬ副作用」は起こってしまうのです。
それに対して、マスコミ、とくに日本のマスコミは、どうしても「わかりやすい犯人さがし」を行いがちです。
もちろんそれは、視聴者や購買者が、そういう「犯人さがし」を求めてしまうから、でもあるのですが。
それに対して、岩田先生は、このように提言されています。
アメリカでは予防接種に対しては、メーカーも医療者も、副作用に対する医療訴訟から免責されています。その代わり、ワクチンの副作用に苦しむ人を救済するための無過失補償制度を運用しています。
つまり、被害者の存在にはまなざしを注ぐけれども、加害者がいると「決めつけない」。アメリカのような、一意的な正義と悪がある、と規定しがちな国ですら、このような大人の判断をとれるのです。大人の判断というのは一意的に「ある一つの因子ですべてを説明しよう」としない、ということです。複雑な事象は複雑なままに扱うということです。
ワクチンの副作用が生じた際、行うべきは責任の追及、責任の糾弾ではありません。それをやれば皆が自己弁護し、そして時には隠蔽工作に走ります。また、糾弾を免れた者は「俺のせいじゃなかった」ためにそれ以上の改善を怠ります。
そうではなく、すべてのプレイヤーが道義的な責任を感じ、悔やみ、そして原因の追及(責任の追及ではなく)と改善を行うべきなのです。
これは、ワクチンの副作用に限らず、通常の医療行為で起こりうる「医療事故」についても、同じことが言えると思います。
日本でも、「無過失補償制度」を導入しようという声は少なくないのですが、なかなか実現には至らないのが悲しい。
「犯人」を決めないと補償が受けられないというシステムが、感情的な対立を助長していることは間違いないでしょう。
それにしても、この新書を読んでいると、これまでの「ワクチンの必要性に対する議論」の多くが「好き嫌い」や「自分のごく身近な範囲での経験」をもとに語られていることがよくわかります。
ちなみに、多くの人が「インフルエンザワクチンは集団予防の役に立たない」という主張をしている根拠となっている、1980年代に発表された「前橋レポート」についても、岩田さんは、そのレポートを全文精読して、再評価されています。
ちなみに、この新書で紹介されていたのですが、「前橋レポート」は、
ワクチン非接種地域におけるインフルエンザ流行状況
↑からダウンロードできます(このタイトルが「前橋レポート」の正式名称なのだそうです)。
岩田さんも書かれているのですが、なぜかこの論文の著作権は「カンガエルーネット」が保有しているようです。
この「前橋レポート」についての岩田先生の解説を読むと、「前橋レポート」は、「当時としては、可能な範囲で、多くの症例を集めて検討している」のは間違いないのですが、「けっして完璧ではない」のも事実です。「100%」というのは、ありえない話なのだとしても。
そして、「前橋レポート」の後に、世界中、そして日本でも、より洗練された研究法での「インフルエンザワクチンには集団予防効果あり」という論文が出ているのですが、「インフルエンザワクチン否定派」の人たちは、それらの「より新しい知見」を知らないか、あるいは意図的に無視しているようです。
過去のひとつの論文の結果にばかり固執している人たちが、自分たちは「科学的」なのだと信じているというのは、なんだかとても怖い話です。
『未来への周遊券』という本のなかで、瀬名秀明さんが岩田先生のこんなエピソードを紹介されています。
この冬にインフルエンザに関して短い解説記事を新聞に寄せたとき、ある臨床医からお手紙をいただいた。私の誤記を指摘する内容だったのだが、読み返すうちに足が震えてきた。現場で働くその医師が、不安をなんとか圧し殺しながら悲痛な訴えをしていることがよくわかったからだ。耐性株が登場し、さらに別の耐性株も報道され、現場の不安と緊張が極限に達しているように読み取れたのだ。専門家が怖がっている、と気づいた瞬間、底知れない恐怖を覚え、震えが止まらなくなった。
「明日さえわからないのに未来など考えられないとうそぶくのではなく、明日生きることをまず考える」と最相さんが初めに綴ってくださったことを、今思い返している。どんな新型ウイルスが報道されようとも私たち個々人ができる対策は同じだ。唾を飛ばさない、外出を控える、そして正確な情報を得る。
先日、神戸大学感染症内科の岩田健太郎さんが研修医に向けて書いた文章を読み感銘を受けた。毎日の診察を大切にしてください。あなたが不安に思っているときは、それ以上に周りはもっと不安かもしれません。自分の不安は五秒間だけ棚上げにして、まずは周りの不安に対応してあげてください。そしてチームを大切にしてあげてください。勇気とは恐怖におののきながら、それでも歯をくいしばってリスクと対峙する態度だ、と。すべての人が胸に刻むべき言葉だと感じた。
未来は今ここから始まる。
自分が「信じたいこと」は五秒間だけ棚上げにして、まずは周りの言葉に素直に耳を傾けてみる。
それもまた「勇気」なのだと思います。
「なんとなく、ワクチンは怖い」
「ワクチンなんて、効かないんじゃないの?」
そういう人こそ、先入観を一時停止して、この新書を読んでみていただきたいのです。
「見ようとしない」のではなく、「歯をくいしばって対峙する」ことでしか、リスクを乗り越えることはできないのだから。
- 作者: 最相葉月,瀬名秀明
- 出版社/メーカー: ミシマ社
- 発売日: 2010/02/22
- メディア: 単行本
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