琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

「いま、書いている人たち」に読んでもらいたい3つの文章

『無趣味のすすめ 拡大決定版』(村上龍著・幻冬舎文庫)より。

 仕事における文章は、物語性がない分、さらに正確で簡潔であることが要求される。当然のことだが、コツや秘訣はない。ダメな文章を書く人は、文章が下手なのではなく、そもそも自分が何を伝えようとしているのか自分で理解できていない場合が多い。まず、どういったことを相手に伝えなければならないのかを把握しなければ、作業の前提が成立しない。うまい文章、華麗な文章、品のある文書、そんなものはない。正確で簡潔な文章という理想があるだけである。

『CIRCUS』2011年4月号(KKベストセラーズ)の田村淳さんと糸井重里さんの対談より。

田村淳:糸井さん的に人間関係を円滑にするコツって何かありますか?


糸井重里人間関係は僕もあんまり得意じゃないから。嫌な人間と会わないっていうのが、一番ラクだよね(笑)。そうすれば悩みの半分は解決ですよ。そうするには……まず、逃げることですよ。


淳:逃げちゃうんだ(笑)


糸井:だって、そんなところにエネルギー使いたくないもん。お笑いのステージも一緒だと思うけど、100人いる中の50人が頷いてくれてる。でもたった5人でもソッポ向いてたら、絶対そっちのほうが気になるでしょ?


淳:「えっ、何で?」って思います。


糸井:それがよくない。


淳:舞台上だったら、たった5人に気を取られて、頷いてくれる50人もの人間に迷惑をかけちゃいますもんね。人間関係も一緒?


糸井:一緒。関係が上手くいっている人との付き合いを疎かにしがちになっちゃう。学生の頃から不得意科目の点数を上げようとするおかげて、得意な科目が伸びない。


淳:そっちにエネルギーを使っちゃうから。


糸井:うん。だから、まんべんなくは無理だって。まずそれが前提。


淳:みんな「全員と上手くやろう」と思うから、悩んじゃうんだ。


糸井:大人だから「聞いてるフリ」とかテクニックは使えますよ、みんな。でも自分を理解してくれる人を大事にするってことが一番。それで、ひとりでも愚痴を聞いてくれる人がいれば、最高。

『ラジオの魂』(小島慶子著・河出書房新社)より。

「皆さんはどう思われますか?」
「難しい問題ですね」
「これからも考えていかなければなりませんね」
 意味があるようで、全く意味のない言葉。リスナーとトークパーソナリティの議論を整理しつつ番組を進めていく上で、私はその類の言葉は使いませんでした。典型的な耳障りのいい文句は必要ない。なぜなら、普段の会話にそんなフレーズは登場しないからです。言いませんよね? 友だちと話をしていて「それはずっと私たちが考えていかなきゃいけない問題だよね」なんて(笑)。
 でも、それらの「どうでもいい」言葉を持ち出さないと、混沌としたまま番組が終わることもある。「で、結局どういう結論だったの?」とか、「何も解決してないじゃん」「何のための話だったの?」という印象を与えてしまうこともあります。多分そういうことは『アクセス』ではしょっちゅうあったと思います。
 でも、「どうでもいい」言葉でまとめるより、そのほうがずっと「いい」んです。何かモヤモヤした感じとか、後味の悪いものであっても、何かしらの痕跡を人の心に残すのが番組。「聴いたという痕跡」を、ほんの少しでも心に残さなければ、放送の意味なんてありません。結論が導き出されない議論を聴いて、わけの分からない不快感や、消化不良なものを感じた人が、「なんだよこんな気持ち悪さを置き土産にしやがって、これはきっと喋ってた奴らの押しつけに違いない」と思ってこちらを攻撃してきたとしても、それは仕方がない。誰からも嫌われたくないんだったら、害のない、意味のない言葉を言えばいいんでしょうが、放送は「私が誰からも嫌われないため」にやっているんじゃないのですから。触りのいい、ただ感じのいい言葉を並べて、丸く優しくなめらかな印象を与えてはい終わり、というのは、安全なことなのかもしれませんが、少なくとも放送上においては、無難であるという意味での安全は最優先されるものじゃない。安全も、きれいも、いらないんです。


それぞれ、小説、コピー(あるいはWEB)、ラジオの世界のトップランナーたちの言葉です。
自分の言葉で何かを書こうとすると、さまざまなリアクションが返ってきます。
そのなかには、好意的なものもあれば、批判的なものもあり、参考になるものもあれば、誹謗中傷に属するものもあります。
それは、「言葉を不特定多数の人たちに伝えるための技術」が開発されてから、ずっと同じなのでしょう。
そういうものなんだ、とわかっているつもりでも、やっぱり、悲しくなることもある。
そんなとき、この3つの文章は、すごく「効く」と思います。
(少なくとも、僕はけっこう刺激と元気をもらいました)


ひらたくいえば、「自分が書きたいことを、他人に嫌われることをおそれずに書こう」
ただ、それだけのことなんですけどね。
それって、とても難しい。
いまのように、誰かに「不謹慎」と告発されることが不安な時期には、とくに。


ひとつだけ言えることは、「嫌われないための言葉というのは、誰からも愛されない」ということです。
「お前なんか嫌いだ」という人に言い訳をするために時間を費やすのはなく、「それでも好きだ」と言ってくれる人のことを、大切にしよう。
ひとりで生まれてきて、世界の誰かひとりでも少し幸せにできたら、たぶん、その人の人生の収支はプラスマイナスゼロだから。

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