琥珀色の戯言

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この世界の片隅に ☆☆☆☆☆


この世界の片隅に(前編) (アクションコミックス)

この世界の片隅に(前編) (アクションコミックス)

この世界の片隅に(後編) (アクションコミックス)

この世界の片隅に(後編) (アクションコミックス)

出版社 / 著者からの内容紹介
平成の名作・ロングセラー「夕凪の街 桜の国」の第2弾ともいうべき本作。戦中の広島県の軍都、呉を舞台にした家族ドラマ。主人公、すずは広島市から呉へ嫁ぎ、新しい家族、新しい街、新しい世界に戸惑う。しかし、一日一日を確かに健気に生きていく…。


今夜、この漫画を原作としたテレビドラマが日本テレビ系列で放映されるそうです。

今回、前後編2冊の新装版が発売されたのですが、僕は2年くらい前に出た、上中下の3分冊を読みました。
あの「昭和20年8月」をはさんだ、広島(といっても、この物語の大部分は、広島市からは少し離れた軍港の街、広島県呉市なのですが)を舞台にした作品ですから、原爆投下後を中心とした、悲しみと怒りの物語なのだろうな、と僕は思いながら手にとったんですよ。
この物語は、おおらかすぎて、「ちょっと頭が緩いんじゃないか?」と心配してしまうほどの女性・すずを中心に描かれています。
このすずの元に、戦争の悲劇が忍び寄ってくるのだろうな……と思いきや、この作品の前半で描かれているのは、拍子抜けしてしまうくらい平穏な「戦時下の日常」なのです。
食べ物が少なかったり、生活がつつましかったりもするのですが、そんな生活のなかでも、人々には「楽しみ」があったし、普通に恋をし、見栄をはり、ヤキモチをやくのです。
もちろん、いたるところに「戦時下の息苦しさ」は描かれているのですが、それ以上に「あの時代に生きていた人たちも、みんな普通の人間だった」ことが、日常のディテールの積み重ねで描かれています。

人々は「戦争反対!」なんて叫ばないけれど、その一方で、「鬼畜米英!」なんて気炎をあげたりもしません。
ただ、「こういう時代に生まれてきたこと」を淡々と受け入れ、「日本が勝って、戦争が終わってほしい」と、日常の不自由に耐えながら、願っているだけです。
そんな中で、空襲で亡くなる人もいれば、戦地から身内の訃報を耳にすることもある。
そして、「人が死んでしまうこと」が日常のヒトコマになってしまっているなかでも、受け入れがたい死もある。
誰のせいでもないということがわかっているのに、誰かの責任を追及しなければならない死もある。


この物語のなかで、登場人物たちは、みんなそれぞれ、大事なものを失っていきます。
それでも、生きているひとたちは、「まだ自分が生きていること」の責任(それは「喜び」ではなくて、やはり「責任」なのだと僕は思います)を背負って、「まだ自分が持っているもの」の大切さを噛みしめながら生き続けていきます。

僕は、この作品に「人はみんな不完全なものだ」そして、「だからこそ、不完全なものどうし、お互いに足りないものを補いあって生きていかなければならないのだ」という、作者の「願い」を感じるのです。
戦争は、わかりやすく、目に見えるものを人間から奪っていきます。
でも、身体や、大切な人を失っていないからといって、その人は「完全な人間」なわけではありません。
世の中には(もちろん、いまこの2011年にも)、「目に見えない、その人にとってすごく大事なもの」が欠けたまま、生きていかなければならない人もたくさんいます。
その人の「欠落」は、大部分の人には「見えない」し「気づかれない」のだけれども。


いまは、みんなが「強い人」になろうとしすぎて、そういう「何かが欠けてしまった人間への想像力」が働かなくなってしまっている時代なのかもしれません。
他人も、自分と同じ人間なのだと、信じられなくなってしまっている。
弱みをみせたら、つけこまれる。
そんな恐怖心に駆られて、弱い人間どうしが、お互いに「強い、偽りの自分」をアピールしながら、相手が弱みをみせてリタイアするまで、チキンレースを続けている。


この本の帯のこうの史代さんの「略歴」の中に

 好きな言葉は「私はいつも真の栄誉をかくし持つ人間を書きたいと思っている(ジッド

と書かれています。


こうのさんの作品には、ずっと、そういう「普通に生きているようにみえる、真の栄誉をかくし持つ人間」が描かれ続けているのです。
すずや、周作のような。
そして、この舞台に説得力を持たせるために、作者は膨大な資料を調べ、作品の後半では、ひとつの「ルール」を作者自身に課したのです。


この本のタイトルは、『この世界の片隅に』です。
「片隅」っていうのは、淋しい、顧みられない場所のような気がします。

でもね、僕は思うのです。
この世界には「中心」なんてどこにもないのに、みんな「中心」に憧れながら、「片隅」で肩を寄せ合って生きているんじゃないか、って。

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