琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

はやぶさ/HAYABUSA ☆☆☆☆



あらすじ: 2003年5月9日。小惑星探査機「はやぶさ」は、小惑星イトカワを目指し地球を出発した。イオンエンジンの実験、成功すれば世界初となる小惑星からのサンプル入手などを目的として2005年9月にイトカワに到着。しかし姿勢制御装置の不具合や、通信が途切れるなど、さまざまなトラブルに見舞われてしまう。

2011年24作目の劇場鑑賞作品。
三連休初日の土曜日の12時過ぎからのレイトショーで、観客は30人くらいでした。
家族連れや中高年が多め。


最初、挙動不審な理系女子として竹内結子さんが出てきたときには、「ああ、なんかワザとらしくてイヤだなこれ。『はやぶさ』の偉業が、『感動の人間ドラマ』とかになっちゃうんだろうな……」と暗澹たる気分になりました。
堤幸彦監督も『20世紀少年』では、「ただ原作のストーリーをなぞっているだけ」という感じだったので、「ソツの無い仕事はするし、損をしないように頼まれた映画を撮るけれど、あまり自分の色を持たないビジネス志向の監督さん」というイメージがありましたし。


そんなことを考えていたにもかかわらず、僕はこの『はやぶさ/HAYABUSA』を観ながら、何度も涙があふれてきました。
この映画、竹内結子さんを主役に一応配してはいますが、竹内さんの役割は、あくまでも「科学の世界への案内役」です。
はやぶさ』の過剰な擬人化はなんだかなあ、とは思うのですが、このくらいは歩み寄っておかないと、たぶん、「とっつきにくすぎる映画」になってしまったでしょうし。
この映画の本当の主役は、あくまでも「はやぶさ」であり、それと同時に「人類の未来と自らの好奇心のために、研究を続けてきた大勢の科学者たち」です。


劇中、佐野史郎さん演じる川淵プロジェクトマネージャー(しかし、川口さんがモデルだとみんなわかっているのに、なんでこんなすぐわかる「仮名」にしたんでしょうね。「川口淳一郎」そのままでよさそうなものなのに)が、「はやぶさ」プロジェクトの途中で亡くなった仲間の葬儀で、こんなことを主人公・水沢恵に言うのです。

 長いプロジェクトでは、必ず結末を見届けられない人間が出てくるんだ……

水沢恵の先輩である坂上も言います。

 自分の研究の成果を必ず見たい、なんて思っていたら、科学者にはなれないよ。

 僕もいちおう、「科学者」の端くれなのですが、これらの言葉を聞きながら、いろんなことを思い出さずにはいられませんでした。
 いや、「科学者」だけではなくて、亡くなった自分の両親のこととか、友人のこととか、患者さんのこととか……

 『はやぶさ』は、7年もの時間がかかったプロジェクトでした。
 これは本当に、長い長い時間だと思う。


 しかしながら、いまの世の中でも、「この世界を少しでも良くする」ために、大勢の人たちが、すぐには結果が返ってこない、そして、自分自身が豊かになるにはたぶん役立たない努力を続けています。


 僕はいまこうして生きていて、いなくなった人たちのことを考えているけれど、僕も近い未来、誰かに、あるいは何かにとっての「結末を見届けられなかった人間」のリストに入っていくのでしょう。


 それを繰り返しながら、「人類は、なんとかここまでやってきた」のです。


 もちろん、有名になった科学者もいれば、無名のまま死んでいった科学者もいる。
 幸福だった人もいれば、失意のどん底で亡くなった人もいる。
 いろんな違いはあるけれど、「みんなを幸せにすること」「真実を知ろうとすること」のために生涯を捧げた人たちは、みんな、同じレールの上を走って、道を切り開いてきた仲間なのです。
 そんなひとりひとりの希望と献身の積み重ねが「科学」なんだよなあ。


 この映画、個々の登場人物についての掘り下げはほとんどなされていませんし、いわゆる「人間ドラマ」としては物足りないかもしれません。
 技術的な解説についても、「知っている人にはややクドい」し、「知らない人にとっては、このくらいの説明では、よくわからない」。
 僕はある程度の予備知識を持っていましたので、「わからない」という場面はなかったのですが、「ちょっと難しかった」という声も、帰り道では聞こえてきました。
 『はやぶさ』の「技術的な先進性」と「危うさ」をある程度は理解していないと、この旅がどのくらい困難かもわかりにくかったはず。
 

 でも、僕は「わかりやすさ」に逃げなかった堤監督の判断を支持します。
「人間ドラマにせず、『はやぶさ』の旅そのものを、なるべく淡々と描いた」からこそ、この映画は素晴らしい。


 エンドロールに流れてくる、日本の宇宙探索の先人たちへの沈黙の敬意に、僕は静かに感動しました。
 『はやぶさ』の偉業ばかりがクローズアップされるけれど、『はやぶさ』は、突然変異で生まれたわけではありません。
 NASAに比べて、圧倒的に不利な条件で、宇宙への挑戦を続けてきた日本の科学者たちの遺産が結実し、幸運にも恵まれて成功したのが『はやぶさ』であっただけです。
 同じような宇宙への挑戦は、これまでも続けられてきましたし、これからも続いていくのでしょう。

 『はやぶさ』は、ひとつの成果ではあるけれど、あくまでも、通過点でしかない。

 どんな科学者も、ひとりでは何もできない。
 どんな地味な仕事でも、その「ひとり」がいなければ、できない偉業がある。


 この映画のなかに、「日本のロケットの父」と呼ばれる、糸川英夫さんの、こんなエピソードが出てきます。

 糸川さんは、うまくいかなかった事は「失敗」じゃなくて、「成果」なんだと常に言っていた。

 要領よくお金を稼ぐことだけが、人間として生まれた喜びじゃない。
 ありがとう、はやぶさ
 そして、行ってらっしゃい、はやぶさの子供たち。

 

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